■サーベイランスのためのAIDS診断基準
(エイズサーベイランス委員会、1994)我が国のエイズサーベイランス委員会においては、下記の基準によってAIDSと診断することとする。
- HIV検査で感染が認められた場合
酵素抗体法(ELISA)又はゼラチン粒子凝集法(PA)といったHIVの抗体スクリーニング検査法の結果が陽性で、かつWestern Blot法又は蛍光抗体法(IFA)といった確認検査法の結果も陽性であった場合、または抗原検査、ウイルス培養、PCR法などの病原体に関する検査(以下、「病原検査」という。)によりHIV感染が認められた場合であって、下記の特徴的症状(Indicator Diseases)の1つ以上が明らかに認められるときはAIDSと診断する。 なお、周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後15か月未満の児については、2.によることとする。
- 周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後15か月未満の児の場合
周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後15か月未満の児については、HIVの抗体確認検査が陽性であっても、それだけではHIV感染の有無は判定できな いので、さらに以下の@またはAのいずれかに該当する場合で免疫不全を起こす他の原 因が認められないものをAIDSと診断する。
(特徴的症状)
- HIV抗原検査、ウイルス分離、PCR法などの病原検査法が陽性で、特徴的症状の1つ以上が明らかに認められるとき
- 血清免疫グロブリンの高値に加え、リンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数/CD8陽性Tリンパ球数比の減少といった免疫学的検査所見のいずれかを有する場合であって、特徴的症状の1つ以上が明らかに認められるとき
※ 19のうち肺結核、22、23は1994年の新たな診断基準で採用された特徴的症状である。
- カンジダ症(食道、気管、気管支又は肺)
- クリプトコックス症(肺以外)
- クリプトスポリジウム症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)
- サイトメガロウイルス感染症(生後1か月以上で、肝、脾、リンパ節以外)
- 単純ヘルペスウイルス感染症(1か月以上継続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの又は生後1か月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの)
- カポジ肉腫(年齢を問わず)
- 原発性脳リンパ腫(年齢を問わず)
- リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex(13歳未満)
- 非定型抗酸菌症(結核以外で、肺、皮膚、頸部もしくは肺門リンパ節以外の部位又はこれらに加えて全身に播種したもの)
- ニューモシスチス・カリニ肺炎
- 進行性多発性白質脳症
- トキソプラズマ脳症(生後1か月以後)
- 化膿性細菌感染症(13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌による敗血症、肺炎、髄膜炎、骨関節炎又は中耳・皮膚粘膜以外の部位の深在臓器の膿瘍が2年以内に、二つ以上、多発あるいは繰り返して起こったもの)
- コクシジオイデス症(肺、頸部もしくは肺門リンパ節以外に又はそれらの部位に加えて全身に播種したもの)
- HIV脳症(HIV痴呆、AIDS痴呆又はHIV亜急性脳炎)
- ヒストプラスマ症(肺、頸部もしくは肺門リンパ節以外に、又はそれらの部位に加えて全身に播種したもの)
- イソスポラ症(1か月以上続く下痢)
- 非ホジキンリンパ腫(B細胞もしくは免疫学的に未分類で組織学的に切れ込みのない小リンパ球性リンパ腫又は免疫芽細胞性肉腫)
- 活動性結核(肺結核(13歳以上)又は肺外結核)
- サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く)
- HIV消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病)
- 反復性肺炎
- 浸潤性子宮頸癌
※※ 肺結核及び浸潤性子宮頸癌については、HIVによる免疫不全を示唆する症状または所見がみられる場合に限る。(付記)AIDSに関連する特徴的症状の診断法
1.カンジダ症(食道、気管、気管支又は肺) 内視鏡もしくは剖検による肉眼的観察又は患部組織の顕微鏡検査によっ て、カンジダを確認する。 ただし、嚥下時に胸骨後部の疼痛があり、かつ紅斑を伴う白い斑点又は プラク(斑)が肉眼的に認められ、粘膜擦過標本で真菌のミセル様繊維を 顕微鏡検査で確認できる口腔カンジダ症が存在する場合はカンジダが確定 診断されなくとも食道カンジダ症と診断してよい。 2.クリプトコックス症(肺以外) 顕微鏡検査又は培養によるか、患部組織又はその浸出液からクリプトコ ックスを検出することによって診断する。 3.クリプトスポリジウム症(1カ月以上続く下痢を伴ったもの) 顕微鏡検査によって診断する。 4.サイトメガロウイルス感染症(生後1カ月以上で、肝、脾、リンパ節以外) 顕微鏡検査によって診断する。 ただし、サイトメガロウイルス性網膜炎は眼底検査によって、網膜に鮮 明な白斑が血管にそって遠心状に広がり、数カ月にわたって進行し、しば しば網膜血管炎、出血又は壊死を伴い、急性期を過ぎると網膜の痂皮形成、 萎縮が起こり、色素上皮の斑点が残るという特徴的な臨床像から診断して よい。 5.単純ヘルペスウイルス感染症 1カ月以上継続する粘膜、皮膚の潰瘍を形成するもの又は生後1カ月以 後で気管支炎、肺炎、食道炎を合併するもので、顕微鏡検査又は培養によ るか、患部組織又はその浸出液からウイルスを検出することによって診断 する。 6.カポジ肉腫 顕微鏡検査によって診断する。 肉眼的には皮膚又は粘膜に特徴のある紅斑又はすみれ色の斑状の病変を 認めることによる。 ただし、これまでカポジ肉腫を見る機会の少なかった医師は推測で診断 しない。 7.原発性脳リンパ腫 顕微鏡検査もしくはCT又はMRIなどの画像診断法によって診断する。 8.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH compl ex(13歳未満) 顕微鏡検査によって診断する。 臨床的には胸部X線で、両側性の網状小結節様の間質性肺陰影が2カ月 以上認められ、病原体が同定されず、抗生物質療法が無効な場合はLIP /PHL complexと診断する。 9.非定型抗酸菌症(肺、皮膚、頚部又は肺門リンパ節以外、又はこれら の部位に加えて全身に播種したもの) 細菌学的培養によって診断する。 糞便、汚染されていない体液又は肺、皮膚、頚部もしくは肺門リンパ節 以外の組織の顕微鏡検査で、結核菌以外の抗酸菌以外が検出された場合は 非定型抗酸菌症と診断する。 10.ニューモシスチス・カリニ肺炎 顕微鏡検査によって、カリニ原虫を確認する。 ただし、最近3カ月以内に運動時の呼吸困難又は乾性咳嗽があり、胸部 X線でび漫性の両側間質像増強が認められ、又はガリウムスキャンでび漫 性の両側の肺病変があり、かつ、動脈血ガス分析で酸素分圧が70mmH g以下であるか呼吸拡散能が80%以下に低下しているか、又は肺胞動脈 血の酸素分圧較差の増大がみられ、かつ細菌性肺炎を認めない場合は、カ リニ原虫が確認されなくとも、ニューモシスチス・カリニ肺炎と診断して よい。 11.進行性多発性白質脳症 顕微鏡検査もしくはCT又はMRIなどの画像診断法によって診断する。 12.トキソプラズマ脳症(生後1カ月以後) 顕微鏡検査によって診断する。 臨床的には、頭蓋内疾患を示唆する局所の神経症状又は意識障害がみら れ、かつ、CT又はMRIなどの画像診断で病巣を認め、又はコントラス ト薬剤の使用により、病巣が確認できる場合で、かつ、トキソプラズマに 対する血清抗体を認めるか、又はトキソプラズマ症の治療によく反応する 場合はトキソプラズマ脳症と診断する。 13.化膿性細菌感染症(13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化 膿性細菌による敗血症、肺炎、髄膜炎、骨関節炎又は中耳・皮膚粘膜以 外の部位や深在臓器の膿瘍が2年以内に、二つ以上、多発あるいは繰り 返し起こったもの) 細菌学的培養によって診断する。 14.コクシジオイデス症(肺、頚部もしくは肺門リンパ節以外に又はそ れらの部位に加えて全身に播種したもの) 顕微鏡検査又は培養によるか、患部又はその浸出液からコクシジオイデ スを認めることによって診断する。 15.HIV脳症(HIV痴呆、AIDS痴呆又はHIV亜急性脳炎) 就業もしくは日常生活活動に支障をきたす認識もしくは運動障害が臨床 的に認められる場合、又は子供の行動上の発達障害が数週から数カ月にわ たって進行し、HIV感染以外にこれを説明できる疾病や状況がない場合 をいう。これらを除外するための検査法としては、脳脊髄液の検査や脳の CT又はMRIなどの画像診断や病理解剖などがある。 これらは、確定的な診断法ではないがサーベイランスの目的のためには 十分である。 16.ヒストプラスマ症(肺、頚部もしくは肺門リンパ節以外に、又はそ れらの部位に加えて全身に播種したもの) 顕微鏡検査又は培養によるか、患部組織又はその浸出液からヒストプラ スマを検出することによって診断する。 17.イソスポラ症(1カ月以上続く下痢) 顕微鏡検査によって診断する。 18.非ホジキンリンパ腫(B細胞もしくは免疫学的に未分類で組織学的 に切れ込みのない小リンパ球性リンパ腫又は免疫芽細胞肉腫) ここに挙げたリンパ腫に中にはT細胞性のもの、組織学的な型の記載の ないもの、又はリンパ球性、リンパ芽球性、切れ込みのある小リンパ球性 もしくは類プラスマ細胞様リンパ球性と記載されたものは含まない。 顕微鏡検査によって診断する。 19.活動性結核(肺結核(13歳以上)又は肺外結核) 細菌学的培養によって診断する。培養結果が得られない場合には、X線 写真によって診断する。 20.サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌を除く) 細菌学的培養によって診断する。 21.HIV消耗性症候群 通常の体重の10%を越える不自然な体重減少に加え、慢性の下痢(1 日2回以上、30日以上の継続)又は慢性的な衰弱を伴う明らかな発熱 (30日以上にわたる持続的もしくは間歇性発熱)があり、HIV感染以 外にこれらの症状を説明できる病気や状況(癌、結核、クリプトスポリジ ウム症や他の特異的な腸炎など)がない場合にHIV消耗性症候群と診断 する。これらは確定的な診断法ではないがサーベイランスの目的のために は十分である。 22.反復性肺炎 1年以内に2回以上の急性肺炎が臨床上又はX線写真上認められた場合 に診断する。 23.浸瀾性子宮頚癌 病理組織学的検査による。サーベイランスのためのAIDS診断基準の見直しについて
エイズサーベイランス委員会
1.はじめに わが国のエイズサーベイランスにおいては、1988年に作成された 「サーベイランスのためのAIDS診断基準」が用いられている。この診 断基準は、米国のCenters for Disease Contr ol and Prevention(CDC)が1987年に作成し、 WHOが採用した診断基準をもとにとりまとめられたものである。 その後米国においては、CDCがサーベイランスのための成人のエイズ 診断基準を1992年に改訂したことに基づき、新たな診断基準を199 3年1月1日から適用している。改訂の要点は、第一に、診断基準にCD 4陽性Tリンパ球数が200個/μl未満またはCD4陽性Tリンパ球数 の全リンパ球数に対する割合が14%未満になった場合を含めたこと、第 二に、既存の23の臨床症状のほか、肺結核、反復性肺炎、浸潤性子宮頚 癌の3症状を診断基準の特徴的症状に加えたことである。 一方、ヨーロッパでは、WHOヨーロッパ地域のエイズサーべイランス を行っているEuropean Centre for the Epi demiological Monitoring of AIDSが、 CD4陽性Tリンパ球数はエイズサーベイランスの診断基準として採用し ない一方、CDCが採用した3症状は診断基準に含めることをヨーロッパ 各国に勧告した。ほとんどの国は、この勧告に従い1993年中に新たな 診断基準を採用しており、同センターは、1993年7月1日より新診断 基準に基づくサーベイランスを行っている。 当委員会は、このような諸外国におけるエイズ診断基準の改訂を踏まえ るとともに、この間の技術的進歩を考慮し、わが国のサーベイランスのた めのエイズ診断基準の見直しを行うため、「エイズ診断基準見直し小委員 会」を設けて検討してきたが、このたび検討結果を以下のとおりとりまと めたので報告する。 2.CD4陽性Tリンパ球数の取り扱いについて 米国においては、CD4陽性Tリンパ球数は、HIVによる免疫不全及 び疾病の進行と密接な関係があり、HIVのため重症の免疫不全になった 感染者や、発病の危険の大きい感染者の数をより正確に表すとして、サー べイランスのためのエイズ診断基準に取り入れられた。一方、ヨーロッパ においては、必ずしも全例についてCD4陽性Tリンパ球数が測定されて いないこと、無症状の感染者に対する心理的な悪影響があり得ること、リ ンパ球のタイピングの方法が標準化されておらず、精度管理の検討もまだ 十分でないこと等の理由により、CD4陽性Tリンパ球数をエイズサーベ イランスの診断基準に採用しないことを決定した。 わが国においては、CD4陽性Tリンパ球数は、個々の患者の免疫状態 の経過観察など医学管理上は有益と考えられるが、サーベイランスの基準 として採用することは、以下の理由により、当面、見合わせることが適当 と考える。 【理由】 (1)CD4陽性Tリンパ球数の測定は再現性に問題があり、検査施設間 の正常値や精度のばらつきの検討も不十分である。 (2)無症状の感染者が患者と診断されることによる心理的影響が心配さ れる。 (3)日本では従来より感染者もサーベイランスの対象となっており、患 者の定義を広げても感染者全体の把握率は変わらない。 (4)ヨーロッパ諸国等アメリカ以外の国では採用していない。なお、C D4陽性Tリンパ球数のサーベイランス上の有用性については、デー タの収集等に努め、さらに研究を進める必要がある。 3.臨床症状の追加について 肺結核、反復性肺炎、浸潤性子宮頚癌の3症状については、米国のみな らずヨーロッパ諸国等においてもエイズサーベイランスの診断基準の特徴 的症状に追加されている。これら3症状のそれぞれについて、わが国の状 況も考慮に入れて検討したが、基本的には、わが国の診断基準においても、 これらの症状を特徴的症状に追加することが適当と考える。各症状を追加 する理由及び診断方法等は以下の通りである。 (1)肺結核 結核のうち肺外結核は従来より特徴的症状に含まれていたが、肺結核は 含まれていなかった。しかし、肺結核についても、HIV感染者で発症率 が高くなるというデータが諸外国から数多く報告されていることから、特 徴的症状に追加することが適当である。しかし、肺結核は免疫不全状態に いたらなくても発生する疾患であり、この点で従来の特徴的症状に含まれ ている日和見感染症等とは異なることに留意する必要がある。このため、 肺結核の罹患率が高いわが国の現状を考慮すると、肺結核を特徴的症状と してエイズの診断を行う場合には、当面、HIVによる免疫不全を示唆す る症状または所見がみられる場合に限るのが適当である。また、特徴的症 状としては、X線写真上みられる結核の冶癒病変を除くため、「活動性肺 結核」とする必要がある。 診断方法としては、確定診断を行うためには細菌学的培養によることに なるが、わが国の結核診断においてはX線写真が多く用いられていること から、X線写真による診断も含める必要がある。 (2)反復性肺炎 従来よりカリニ肺炎は日和見感染症として特徴的症状に含まれていたが、 他の肺炎は含まれていなかった。しかし、他の病原体による肺炎であって も、反復するものは免疫不全との関連が強いことが明らかにされているこ とから、特徴的症状に含めるのが妥当である。診断方法は、1年以内に2 回以上の急性肺炎が臨床上またはX線写真上認められた場合とするのが適 当である。 (3)浸潤性子宮頚癌 浸潤性子宮頚癌とHIVとの関連性は未だ明確でないものの、HIV感 染者に有意に高い頻度で子宮頚部異形成が合併するという報告が見られる ようになった。子宮頚部異形成の一部は、数年〜十数年の間に、上皮内癌、 微小浸潤癌を経て浸潤性子宮頚癌に進展することが知られている。このた め、女性のHIV感染者の長期生存例が増加するにつれて、浸潤性子宮頚 癌に進展する例が今後見られるようになる可能性がある。また、これに伴 い、女性のHIV感染者における婦人科的管理の必要性も指摘されている。 わが国では女性のHIV感染者はまだ少なく、浸潤性子宮頚癌によりエイ ズと診断される患者数は現段階では極めて限られると考えられるが、欧米 諸国ではすでに特徴的症状に加えられており、この症状によりエイズと診 断された例も報告されている。 これらの点を考慮すると、浸潤性子宮頚癌発症におけるHIV感染の関 与に関するデータは不十分ではあるが、特徴的症状に浸潤性子宮頚癌を追 加することが適当と考える。ただし、肺結核の場合と同様に、浸潤性子宮 頚癌を特徴的症状としてエイズの診断を行う場合には、当面、HIVによ る免疫不全を示唆する症状または所見がみられる場合に限る必要がある。 診断方法は病理組織学的検査による。 4.診断基準の改訂について 当委員会としては、以上の検討結果を踏まえるとともに、PCR法等最 近の診断技術の進歩を考慮した結果、現行の「サーベイランスのためのA IDS診断基準」を別添の通り改訂することが適当と考える。