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勉強会報告
「PWAの医療環境の現状と今後」[1]

よしおか & うえき 

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 「PWAの医療環境の現状と今後」というタイトルのLAP勉強会が一月二九日に下北沢で行われました。講師として来てくださったのはSHIP(ステイ・ヘルシー・インフォメーション・プロジェクト)代表の井上洋士氏です。会場である「せたがや女性センターらぷらす」には約20人の方がいらっしゃいました。

・PWA自身にわかりやすく

 SHIPは、HIV感染症に関する医療や生活についての情報をPWA自身にもわかりやすく解説したSHIPニュースレターを隔月で発行しているグループです。
 今回はSHIPの活動内容、HIVや日和見感染症の治療法、日本の医療機関の現状、患者の側から見た医療環境の問題点などについてお話を伺いました。当日のお話の内容を全てここでご紹介することはできませんが、できる範囲で2回に分けてご紹介したいと思います。

・SHIPのはじまり

 SHIPの活動は九三年春にはじまったそうです。主な活動は「SHIPニュースレター」を通じた情報提供。病院ごとに治療のレベルが違う、新しい薬がどんどん出てくるといった状況の中で、PWAへの知識のバックアップの必要性を痛感。また患者の側も自ら治療方法などを選択していくことが必要なのではないか、と井上さんをはじめとする数名のスタッフで設立されました。
 ニュースレターは当初、五〇部から一〇〇部をコピーして配る程度になるだろうと考えていたそうですが、あっと言う間に一〇〇〇部を越え、海外の読者へ向けても発送しています。患者だけではなく医師、看護婦など医療関係者の方にも読者が多いそうです。
 また、必要部数ぎりぎりで印刷し、さらに必要となったときにはこまめにバックナンバーの増刷をするようにしていると井上さんは言われました。それは状況の変化にすぐ対応できるようにすること、間違いをすぐ直せるようにすることが理由とのことです。

・「HIV感染症は一つの慢性疾患」

 井上さんは「HIV感染症は一つの慢性疾患だという認識をもって欲しい」と強調されていました。これはSHIPの活動の中でも最も重要な視点の一つだということです。
 なぜなら、「エイズ=死」というイメージを持っていると、医師は「どうせ死ぬんだから」と積極的な治療をあきらめてしまう、患者ももっといい治療があるんじゃないかと思っても「もうだめだ」とあきらめ、まわりの人も「しょうがないんだ」とあきらめてしまう。
 こうした状況を変えていくためにはまず、「エイズ=死」というイメージではなく、「一つの慢性疾患」として認識する必要がある、ということです。

■HIV感染症の治療薬について

 HIV感染症に使われている薬はたくさんの種類があります。井上さんはそうした治療薬のベーシックなところから解説をして下さいました。

・抗HIV薬

 文字どおり、HIVの増殖を押さえたり、阻害したりする薬です。日本ではAZT、ddIという薬が承認されています。また、アメリカではddC、D4Tという薬も承認されており、日本での承認が待たれるところです。

[AZT]
 カプセルで、通常一日3〜4錠を服用する。HIVが増殖の際必要とする逆転写酵素の働きを邪魔する薬。飲み始める時期についてはいろいろな考え方があり、医師によっても異なるが、免疫を測る一つの指数であるCD4が五〇〇〜四〇〇(健康な人は約一二〇〇〜七〇〇)を切った頃から飲みはじめることが多い。
 海外では、以前新聞などでも報道された「コンコルド研究」によって飲む人が減っている。しかし、単独で三年レンジ(期間)では効かないかも知れないが、一年レンジでは明らかに効果がある。また、効かなくなっても(薬への耐性ができても)別の薬に切り換えると、その後また効きだす場合もある。
 また、これらのデータを持ち合わせていない医師もいるので、あまりに長期に渡ってAZTだけの服用を勧められる時は「ddIにかえてください」と言うのも一つの選択であろう。ただし効果には個人差があることも忘れてはならない。
 飲みはじめて最初の数週間には吐き気や食欲不振といった副作用が出やすい。少量から飲みはじめればそうした副作用を減らすことができるようだ。よく眠れないという副作用がある場合は寝る前の服用を避ける、という方法もある。長期にわたって使用すると貧血など骨髄抑制の副作用が出る。また、筋力の低下が起こることもある。
 副作用はあるとはいえ、AZTはやはりHIV感染症診療の第一線の治療薬と言える。

[ddI]
 AZTよりも比較的長期間効果があると言われている薬。飲みはじめのタイミングはAZTと同じ。逆転写酵素阻害剤の一つであり、その点はAZTと同じだが、微妙に「効くHIV」が違うらしい。ドライシロップ(粉)と大きめの錠剤がある。ドライシロップは一八〇cc程度の水(ぬるま湯だと溶けやすい)にとかして飲む。錠剤は、水で溶かしてから飲んだり、水を口に含みながら噛み砕いて飲む。
 ddIは一日二回、胃酸中和剤が入っているので、食間(食後二時間以上。食事や飲酒は服用後一時間以上おいて)に服用する。服用すると下痢をすることがある。
 よく「消毒液のような感じだ」「甘ったるくてまずい」と言われることがあるが、この味は製薬会社がわざわざ付けた味。まずいと感じるのはアメリカ人と日本人の味覚の違いなのかも。アメリカではオレンジ味などのddIも出る予定があるが、そういった意味ではあまり期待はできないかも知れない。また、日頃ダイエットなどの理由で甘いものを控えている人には「この甘さが一服の清涼剤」と感じられることもあるらしい。とにかく、飲み心地に個人差がよく現れる薬。
 副作用には末梢神経障害(手足などがしびれる)があり、膵臓(すいぞう)に負担がかかることもある。

[AZTとddIの併用]
 AZTとddIは同じ逆転写酵素阻害剤だが、働くHIVの種類が違うので併用も効果的ではないかと言われている。長期的な効果についてはまだ詳しくはわかっていない。
 AZTとddIが効くには、それぞれが体内で一定の濃度を保っている必要があるのでやはりAZTは一日3〜4回、ddIは一日2回飲む必要がある。「ランダムに飲みたい方を飲む」という形での併用にはあまり意味がないだろうと思われる。

[ddC]
 日本ではまだ承認されていない抗HIV薬で、逆転写酵素阻害剤の一つ。日本での承認は今年秋ごろと言われている。AZTとの併用が基本だが、単独でも効果がありそう。

[D4T]
 アメリカで去年の六月に承認された抗HIV薬で、逆転写酵素阻害剤の一つ。日本では臨床試験の準備が進んでいるおり、今年中には始まりそう。
 日本では当初この薬の扱いに消極的だったが、アメリカで承認されてからは積極的になった。

[3TC]
 アメリカで臨床試験が行われている抗HIV薬で、逆転写酵素阻害剤の一つ。AZTとの併用で効果があると言われている。この薬を開発したグラクソ社はAZTをつくっているウェルカム社を買収しようとして話題になった。

[プロテアーゼインヒビター](たんぱく質分解酵素阻害剤)
 逆転写酵素阻害剤に続く「第二世代」の薬。HIV増殖に必要なたんぱく質分解酵素の働きを阻害する薬の総称。いろいろな種類が開発されている。JTやジャパンエナジーも開発中。
 口から飲んでわずかしか体内に吸収されない、四週間で耐性ができるという問題点が指摘されており、さまざまな改良が行われている。AZTなど他の薬との併用も検討されている。
 日本でも一部について臨床試験がすでに行われた。飲み薬としてではなく、点滴で行われた。CD4が低くても効果があるのではないかと言われている。点滴の場合は針を刺した部分がはれるという副作用があるらしい。

・その他のHIVに効くかもしれない薬

[ベスナリノン]
 心不全の治療に使われている薬で血液中のサイトカインの異常な増加を防ぐ。HIVの増殖も抑えるのではないかと言われていたが、どうもその効果はなさそう。AZTと併用して服用するといいかもしれないと言われており、現在臨床試験中。副作用として血液内の好中球数が〇になることがあるのでまめに血液検査が必要。

[グリチロン]
 肝炎の治療に使われている薬で、はっきりしたデータはないが、もしかしたらHIVにも効くかもしれないと言われている。値段は一カ月三〇〇円程度と安い。副作用も少ない。

■臨床試験(トライアル)のこと

 薬が承認されるには臨床試験(トライアル)を行う必要があります。特定の被験者に薬を投与して、その効果や副作用を調べます。その試験結果によって承認されるかどうかが決まります。この臨床試験に、勉強会参加者からの質問も相次ぎました。井上さんはその質問の一つ一つに丁寧に応えられていました。

・臨床試験の流れ

 日本の臨床試験は3つの段階に分かれて行われる。
 まず、第一段階では安全性の確認をするために数名の希望者に投与する。本来はHIV陽性でない人に行うものだが、HIV感染症の場合は緊急性もあるので、HIV陽性の人に行うこともある。
 次の第二段階では、安全性が確認された薬について効果があるかどうかを調べる。
 最後の第三段階では対象者を増やし、より大規模に効果を調べる。

・臨床試験を受けられるかどうか

 臨床試験にはその薬を担当する座長が一人いる。座長は「臨床試験の内容をきちんと理解してそれに添って実行してくれるか」「きちんと報告書を書いてくれるか」「対象となる患者がいるか」といったような条件にあった医師を指名し、その医師の受け持つ条件にあった患者の中で患者本人が希望する場合に臨床試験が行われる。つまり、臨床試験が受けられるかどうかは主治医によって決まる(原則的には病院単位ではなく医師単位)。
 残念ながら、日本にはHIV関連の臨床試験をきちんと理解して行える適切な医師が少なく、そのため結果的に臨床試験があたかも不公平に行われているように見えていると指摘する人もいる。
 臨床試験を受ける際は説明書をもらい、きちんと読んでおくことが大切。説明書は製薬会社が作っているので「おいしいこと」が書かれていることが多い。あまりうのみにしないようにする。


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