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第70回日本感染症学会レポート

日本感染症学会会員 福田光 

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- 4月18日(木)、19日(金)の両日、京王プラザホテル(東京都新宿区)で開催された日本感染症学会に参加してきました。
 AIDSに関する演題は多数発表されていましたが、そのうちAIDSのセッションで発表された10演題について、簡単に報告します。


  1. AIDS症例の髄液からのJCウイルスの検出-PCR法の有用性とウイルス学的特徴-
       [東大医科研感染症研究部ほか]

 PML(進行性多巣性白質脳症)が疑われたAIDS患者の脳脊髄液から、PML型のJCウイルスDNAをPCR法により検出した。この手法は、PMLの診断に有用と思われる。

問)
尿からのJCウイルスDNA検出の有無。
答)
尿中からはJCウイルスDNAは検出されなかった。

 JCウイルスはHIV感染者に限らず多くの人々が感染するウイルスであり、JCウイルスが検出されたというだけでは、PMLと診断することはできない。このため、PMLの診断にはMRI等による画像診断と脳組織の生検による病理学的診断が行われていた。しかし、今後は、脳脊髄液からPML型のJCウイルスDNAの断片を検出することによって、診断することが可能になるかも知れない。

  1. 日本人症例におけるカポジ肉腫と新型ヘルペスウイルス(KHSV)様DNA断片
     [東大医科研感染症研究部ほか]

 カポジ肉腫はウイルス感染によって生じる悪性腫瘍であり、原因ウイルスとして、ヘルペスウイルス属の新種KSHV(Kaposi's Sarcoma-Associated Herpes-virus:カポジ肉腫関連ヘルペスウイルス)あるいはHHV-8(Human Herpes-virus-8)が報告されている。今回、日本のカポジ肉腫患者からもKSHVが検出された。

 現在、カポジ肉腫は、性行為等により感染していたヘルペスウイルスの一種HHV-8(KHSV)がHIV感染による免疫能の低下により活性化した結果生じる悪性腫瘍であると考えられている。このことを日本のカポジ肉腫患者においても確認したという点で意味のある報告である。なお、HHV-8がカポジ肉腫以外に、どのような症状を引き起こすのかは今後の研究課題であるが、カポジ肉腫の原因がHHV-8であれば、抗ヘルペスウイルス剤によるカポジ肉腫の治療又は予防の可能性も考えられる。

  1. 肺結核を合併したAIDS患者の肺におけるHIVの質的量的検討
    [東大医科研微生物保存施設]

 肺結核合併により、HIVの産生が増加し、かつウイルスの変異も進行するとの仮説を証明するために、肺合併症のあるAIDS患者の気管支肺胞洗浄液(BALF)と肺結核を合併したAIDS患者のBALFとを比較した結果、仮説を裏づけるデータが得られた。

問)
肺結核合併AIDS患者とその他のAIDS患者とでは、BALFの組成(主にリンパ球とマクロファージの比)が異なるので、一概に比較することは困難ではないか。
答)
[要領を得ない回答であったが、組成が異なること及び組成の差が結果に影響を与えていることは概ね認める趣旨の回答と理解した]

 気管支肺胞洗浄(BAL)は、患者にかなりの負担を与えるので、治療を目的とせず、研究のみを目的として行うことには、いささか疑問を感じた。
 特に肺合併症のないAIDS患者にBALを行う治療上の必要は全くないだろう。

  1. AIDS患者における副腎機能異常
    [東大医科研・感染症研究部ほか]

 AIDSに伴うサイトメガロウイルス(CMV)感染は、副腎親和性が強い。このため、AIDS患者における副腎機能低下と、CMV感染との関係を調べたところ、CMV網膜症を合併したAIDS患者の一部には、副腎機能の低下が見られた。
 CMV感染が認められ、副腎機能が低下しているAIDS患者の場合、日和見感染症との兼ね合いを考慮しつつ、副腎ステロイドの補充療法も検討すべきであると思われる。

問)
副腎ステロイドの補充を検討すべきか否かについての指標は何か。
答)
低Na血症でありながら、高K血症ではない状態及び、高ACTHであって、なおかつ尿中フリーコルチゾル値が低い場合には、副腎機能の低下と判断して、補充療法を検討すべきではないか。ただし、一般にステロイドは日和見感染の危険を増大するので、慎重に行う必要がある。

 副腎機能の低下がCMV感染によるものとすると、副腎クリーゼ等の危険を避けるために、本来、HIV感染症には禁忌であるステロイドの投与も検討する必要がある。ただし、この場合には、CMV感染の程度も、ステロイド投与の是非を判断する材料となるのだろう。

  1. HIV感染者の入院原因と防御レベルの推移
    [東大医科研附属病院看護部ほか]

 東大医科研附属病院では1986年にHIV感染症の診療を始めてから10年が経過した。この間の診療行為の変遷と、その際の医療従事者へのHIV感染防御手段の推移を分析した結果、診断のための手技は積極的になっているにもかかわらず、防御手段は緩やかになってきており、HIV感染症の診療は、通常の感染症に対する診療と同様のものとなりつつあることが分かった。

問)
感染者から医療従事者へのHIV感染防御だけでなく、医療従事者からHIV感染者等の免疫不全患者への各種病原体の感染防御については、どうしているのか。
答)
無菌室等、患者の免疫機能の状態に応じて、対処している。

 感染症学会での他の発表を見ていても感じたことだが、病院内における医療従事者から患者への感染は想像以上に多い。正直言って、医療従事者がHIV感染を怖れる以上に、入院患者は医療従事者からの各種感染を怖れなければいけないのではないかと不安を感じた。
 こうした視点で感染防御を考えれば、例えば、診察室で医師等が手を消毒するのは、患者を診察した後ではなく、むしろ診察する前であるべきではないかと思うが、こうしたことは医療従事者の間で、どこまで認識されているだろうか。

  1. Campyrobacter jejunii腸炎を発症したHIV感染者の3例
    [奈良県立医科大学第2内科ほか]

 外食後、1ないし2日の潜伏期を経て、下痢、発熱等を認めたCampyrobacter jejuniiによるHIV感染者の腸炎を3例、報告した。これらのCampyrobacter jejuniiは、一部の抗生剤(OFLX)に耐性を示したが、他の抗生剤の投与により、いずれも治癒した。
 欧米では、多剤耐性のCampyrobacter jejuniiも報告されており、我が国でも薬剤耐性の動向に注意すべきである。

 Campyrobacter jejuniiは、鶏、牛、豚の腸管内に高率に棲息し、熱の良く通っていない鶏肉や殺菌の不十分な生ミルクによって、人に感染し、下痢を生じさせる。本菌による下痢は、HIV感染者に限らず、免疫能が通常程度の人にも起こり得るものであるが、エイズ患者等においては、細菌が腸管内で増殖することによって生じる下痢に留まらず、細菌が腸管から血中に入って、さらに増殖し、菌血症や敗血症を引き起こして、致命的となることもあり得る。
 安易な抗生剤の投与による耐性菌の出現と、その増加を防ぐためにも、第一選択として一般的に使用する抗生剤の定期的な変更、細菌培養の確実な実施と薬剤感受性・耐性の迅速な確認等が必要であろう。

  1. ペンタミジン予防吸入中に肺外カリニを合併したAIDSの1症例
    [都立駒込病院感染症科]

 カリニ肺炎の予防を目的として、ペンタミジンの吸入を行っていたエイズ患者(十二指腸における非定型抗酸菌症によりエイズと診断)において、胸壁、食道、脾臓にカリニによる炎症を認め、左肺に大量の胸水貯留を認めた。
 診断には、111In-DPTA-IgG炎症シンチグラムが有用であり、ペンタミジンとST合剤の投与により、軽快した。

 ペンタミジンの吸入は、カリニ肺炎の予防に有効であるが、ペンタミジン吸入中でも、カリニが肺炎以外の症状を引き起こすことがあることの実例である。

  1. 脳症を有しAZT治療により改善を認めたAIDSの一例
    [東京慈恵会医大第2内科ほか]

 27歳、男性。交通事故で頭部に打撲傷を負い、脳外科に入院した際、頭部CTにて低吸収域が認められた。その後、記憶障害、見当識障害を生じるとともに、血中HIV抗体検査により、HIV感染が認められた。また、脳組織からのPCR検査では、HIV陽性、JCV陰性であり、HIV脳症と診断した。一時は、寝たきり状態となっていたが、zidovudine(AZT)投与により症状の改善を認め、独歩可能となり、退院することができた。

 交通事故に伴う頭部打撲に際して、HIV脳症が発見された例であり、AZTが著効を示している。
 このように、交通事故等を契機として、HIV感染やAIDS発症が発見されるケースは、今後とも増えていくことであろう。
 本例では、事故により偶然脳症が早期に発見され、AZTによる適切な治療を受けることができ、症状の改善を見ることができたが、原因不明のまま、治療に失敗している例もあるのではないかと憂慮される。

  1. 脳内に非定型抗酸菌の著明な播種性病変を認めたAIDSの一例
    [宮崎医科大学第2内科]

 50歳、男性。1993年10月、カリニ肺炎で入院し、HIV陽性であったためAIDSと診断した。ST合剤とペンタミジン吸入により、カリニ肺炎は軽快した。同年12月、臀部の皮膚に肉芽腫性病変を認め、非定型抗酸菌を検出したが、抗結核薬の投与により肉芽腫は消失した。1994年10月、サイトメガロウイルス網膜炎を発症したので、ガンシクロビルを投与したが、症状は軽快と増悪を繰り返した。同年12月、鼻腔及び手背に皮膚非定型抗酸菌症が再発したが、抗結核薬は副作用のため使えなかった。1995年6月より発熱し、同年7月に呼吸困難により死亡した。
 AIDSに非定型抗酸菌症を伴うことは多いが、本例は、脳内に組織球の著明な浸潤を認め、組織球内に抗酸菌を検出した希な例である。また、全身諸臓器にCMV感染を認めるとともに、肺、唾液腺にグラム陽性菌による多発性膿瘍を認めた。

 抗結核薬が有効な非定型抗酸菌症ではあるが、副作用のために抗結核薬が十分に使えず、結果として、播種性非定型抗酸菌症により死亡したものである。一般に、薬物の全身投与は副作用の出現頻度を高めるので、AIDSのように、各種の感染症を併発し、多種類の薬剤を同時に使用する必要のある場合には、局所投与が基本となる。本例では、サイトメガロウイルス感染症の治療に手間取ったことが非定型抗酸菌症の治療に支障を来たした原因かも知れない。

  1. AIDSに合併した非定型抗酸菌症に関する臨床研究
    [都立駒込病院感染症科]

 1985年5月から1995年12月までに、非定型抗酸菌症は、本院AIDS患者143例中、20例(14.0%)に見られた。うち16例がM. avium complexで、4例がM. kansasiiであった。
 非定型抗酸菌症発症時のCD4陽性細胞数は、平均8.7個/立方mmと、カリニ肺炎発症時よりも低値であった。20例中、比較的古い10例が死亡し、最近の9例は軽快退院した。
 標準的な抗結核薬であるINH、RFP、EBの3剤による治療は無効例が多かったが、クラリスロマイシン(CAM)の投与により、軽快退院例が増加しており、今後は十分に治療可能と考えられる。

 RFPは結核に対して著効を示す抗結核薬であり、結核菌以外の抗酸菌(非定型抗酸菌)に対しても有効であるが、無効であることも多い。
 しかし、近年、CAMが実用化され、RFPが無効な症例についても、治療が可能となりつつある。

[福田光]


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