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講習会報告
「ウイルス学初級講座」

東京医科歯科大学医学部教授 山本直樹 

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 ウイルスってよく聞く言葉だけど、いったい何なんだろう。そんな疑問に応えるための「ウイルス学入門講座」が96年6月30日、日本で初めてHIVの分離に成功した山本直樹氏を講師に迎え、下北沢で行われました。
 時間が経つのも忘れてしまうほどの充実した講座でした。その全てをお伝えすることができないのが残念ですが、いくつかのトピックスをご紹介します。

[構成 清水茂徳]

 ■ウイルスの発見で「生物」の定義が変わった

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト ウイルスは細胞の中にいるときには「生き物」として存在しているが、細胞の外にいるときには「無生物」として存在している。

 細菌(バクテリア)は細胞であり、DNAとRNAのどちらも持ち、細胞分裂により自ら増殖することができる生物。光学顕微鏡で見られる程の大きさで、細菌濾過(ろか)器を使い濾過できる。

 1892年、ロシアのイワノフスキーはタバコの葉に黒い斑点を作るタバコモザイク病の病原体が細菌濾過器で瀘し取れない、細菌よりもっと小さなものであることを発見した。この「濾過性病原体」が後にウイルスと呼ばれる細菌よりもさらに小さい「超微生物」だった。

 1930年代、スタンレーはタバコモザイク病の原因であるタバコモザイクウイルス(TMV)が結晶化することを発見した。生き物だと思っていたウイルスが無生物の特徴と考えられていた結晶構造を取ったことは研究者に衝撃を与えた。

 それまでは動くもの、外からものを取り込んで代謝するもの、子孫を残すもの、刺激に反応するものが生物と考えられていたが、「生物」と「無生物」の二つに分けられない、中間段階のものが存在していることがわかった。その一つがウイルスである。

 ■ウイルスはより好みする

 ウイルスは非常に好みがはっきりしていて人間のウイルスは人間にしか感染しないし、サルのウイルスはサルにしか感染しない。ただ、たまにインフルエンザウイルスのような例外もある。

 人間に感染できるウイルスの中でも、肝臓の細胞が好きな肝炎ウイルスや、血液中のリンパ球の中のTリンパ球が好きなHIVといったようにさらに好みは細かく分かれている。なぜかといえばウイルスの表面にあるタンパク質が特定の細胞のレセプター(受容体)をより好んでくっつくからである。

 ■ウイルスを味方にする

 これまで人間はずっとウイルスを敵視していたけれど、逆に味方にできたらすごい、とはじまったのが遺伝子治療。

 遺伝子治療は遺伝子の運び屋、ベクターにウイルスを利用する。「ウイルスの平和利用」と言われている。

 また、ウイルスは入り込んだ細胞にある遺伝子を自分の中に取り込むことができ、それをどんどん運んで行く性質があるため、生物の進化に貢献してきたという可能性もある。

 ■侵入経路

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト ウイルスが体内に侵入する経路も決まっている。口、鼻、肺、肛門、生殖器、目が主な経路で、その他、医療行為や蚊、狂犬にかまれるといった「傷」がある。図1は人間の体を模式化したもので二重線になっている部分が粘膜。粘膜には皮膚と違いケラチンがないのでウイルスが入り込みやすい。

 体内に侵入したウイルスは自分に最も適したところ(標的器官)で増殖する。標的のレセプターにすばやく巡り会わないと免疫能によって体内で不活化される。

 ■感染の成立・非成立

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト ウイルスが侵入した後、感染が成立するかどうかは「宿主寄生体関係」によって決まる。

 宿主(人間)が持つ免疫能と寄生体(ウイルス)が持つ毒性等のバランスがどちらに寄るかで決まる。人間の側が強ければ感染は非成立だし(図2)、ウイルスの側が強ければ感染は成立する(図3)。感染が成立してもお互いが均衡している場合は不顕性感染となる(図4)。感染しても何の症状も出ず、感染者も感染したことに気がつかないのが不顕性感染で、多くのウイルスは不顕性感染のコースをたどる。

 ■エマージングウイルス

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト エマージングとは「新しく出現する」という意味。出血性の熱病が多く、エボラ出血熱、マールブルグ病、ハンタ等があり、またエイズやATLもエマージングウイルスである。マスコミは「殺人ウイルス」などと面白おかしく取り上げるが、ウイルスがおとなしくしていたところへやってきたのは人間。ウイルスは感染できるかどうか試してみただけ。

 エマージングウイルスが出現してくる環境はまだある。けれどそのうちウイルスも生きられなくなってしまい、出現すらできなくなるかも知れない。

 ■HIVはマイルドになる

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト まだ新しく、人とのつき合いに慣れていないHIVが今後、マイルドになっていくのは間違いない。それはヒストリーである。

 オーストラリアのウサギの例がそのことをよく示している。ヨーロッパ人がオーストラリアに移住したあと、一緒に住み着いたウサギが野生化し、農作物に多大な被害をもたらした。これに対抗するため、政府は抗ウサギ用のウイルス兵器(ウサギの天敵である粘液腫ウイルス)をばらまいた。ほとんどのウサギが数年で死に絶滅かと思われたが、またウサギが増えてきて掃討作戦は失敗に終わった。ウイルスは急速に病原性をなくし、ウサギと共存する道を選んだからだ。また生き延びたウサギもウイルス兵器に対し強い抵抗性を獲得していた。ウイルスはみごとに宿主(ウサギ)との共存を図るようになったのである。

 この共存こそがウイルスと宿主との関係の基本原則である。HIVも病原性の強いものはプロテクトされ、病原性の弱いものが長く生き延びていくため、次第にマイルドになっていくと考えられる。

 ■抗ウイルス薬の副作用が強いのは…

 抗HIV薬であるAZTやddI等の副作用が強いとよくいわれるが、抗ウイルス薬の副作用は仕方がない面がある。ウイルスは人間の細胞がないと生きられない。ウイルスが生きるために必要な細胞とは我々の身体そのものでもあるからだ。

 無症候性キャリアの頃、体内のHIVは大人しくしていると考えられていたが、最近の研究ではHIVは無症候性キャリアの時期にも活動しており、減ったCD4は随時、補われていることがわかった。

 そのため無症候性キャリアの時期から抗HIV薬の服用が勧められるが、症状のない人に副作用を起こしてしまうのは本末転倒である。症状のない人が無理なく、ズーっと使い続けられるものを今、探している。

 ■もっと詳しく知りたい人のために

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト
「イミダス特別編集 人体とウイルス」
山本直樹他監修・執筆
集英社、1996年

とても読みやすく解説されていてウイルス学の入門書としても最適です。
 

「エイズの基礎知識」
山本直樹・山本美智子著
岩波書店(岩波ジュニア新書217)、1993年

治療やワクチンについての解説が充実しているエイズの入門書。


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