2002年11月28日〜11月30日までの3日間、第16回日本エイズ学会が名古屋で開かれた。
会場となった「名古屋国際会議場」(名古屋市熱田区)
今回の学会は「エイズが我々人類に投げかけている課題は、単に基礎・臨床医学の研究者のみでは解決できないことはむしろ当然であり、医療・教育・行政・社会啓蒙の現場に直接携わっている方々も含めた多くの意識ある人々の結集と連携とが不可欠」であるとし、「エイズ克服にむけての連携を目指して」をキーワードに開催された。
なお、第17回日本エイズ学会は'03年11月27日〜11月29日まで神戸(神戸国際会議場)で開催される(会長は京都大学の木原正博教授)。
■薬害エイズ
薬害HIV感染者に対する遺族や被害者への現在の生活状況に関する調査は、東京大学医学系研究科保健社会学研究室と薬害HIV被害者生活被害実態調査委員会の共同により行われてきたが、メディアでも報道されていた通り、その被害状況は想像を絶するような深刻さを示している。特に、被害者の遺族の心理的・精神的状況には、現在でも生活を行うことが困難であるほどの影響を及ぼしていることが分かる。精神心理的なケアの必要性は言うまでもないが、エイズという病が与えるスティグマに、被害者はどう対処すればよいのか、エイズという病に結びつけられたマイナスなイメージとともに、PLWHAがどのように生きなければならないのか、今後真剣に考えていかなければならない問題であろうと思う。[新ヶ江明遠]
■シンポジウム1 アジアにおけるエイズ流行:国際シンポジウム
このシンポジウムでは、海外からの6人の講演者による、アジア・太平洋地域でのエイズ流行に関する疫学的・社会的側面の紹介があった。今年の神戸でのアジア・太平洋地域エイズ国際会議を視野に入れた内容であったのではないかと思う。UNAIDS、NGO/CBOでの活動家、疫学研究者などの発表が主であった。
発表の内容は、まずアジア・太平洋地域でのHIVが、ゆっくりではあるが確実に広がりつつあること、またその広がりの経過は、グローバル化とともに複雑な様相を見せるであろうということが示された。90年代初めのタイでの広がり、また近年では中国での感染爆発が懸念されている。
個人的な感想としては、今回発表の予定であった、国際政治経済的な視点からエイズ研究を行っている、デニス・アルトマン博士の発表が聞けなかったのが残念であった。アルトマン博士は、70年代からホモセクシャルに関する本をいくつか発表され、特に80年代になってからはエイズをグローバリゼーション、NGO/CBO、権力との関係から議論されてきた。神戸会議で何らかの発表されることを期待したいと思う。[新ヶ江明遠]。
■シンポジウム2 困難事例と心理臨床のアプローチ
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カウンセリングに関するシンポジウム「困難事例と心理臨床のアプローチ」が学会一日目の夜18時30分から開催された(座長:矢永由里子、高田知恵子)。HIV医療といえば派遣カウンセラーと連想するほどHIV医療におけるカウンセラー制度はなじみとなっている。
そして、この制度はHIVいや、保健医療政策全般の中で行政が行った数少ないヒット政策といえよう。そのカウンセラーがかかわるクライエントとのセッションが変わりつつあることをこのセッションは知らせてくれた。都立駒込病院感染症科医長の味澤先生の報告では、HIV+アルコール依存症や薬物依存症、うつ病などの症例が増加しているという。さらに大阪府/市の派遣カウンセラーである臨床心理士古谷野淳子氏からは困難事例のカウンセリング報告があり、それを受けてアルバート・アインシュタイン医大病院のMark G. Winiarski先生はそれら困難事例に対して医療チーム全体を含めたチームアプローチの重要性を訴えられた。
振りかえって、日本の自治体の中には、今尚、HIV派遣カウンセラーの医療機関への派遣を兵庫県のように、NGOに丸投げしている自治体がある。このような困難事例が増えた現在、臨床心理士がプロとしての責任を持って医療チームとの連携のもと困難事例への対応をしていく必要があることを考えさせられるセッションであった。[波川周蔵]
■シンポジウム16 女性HIV感染者のマネージメント
女性の話題はここ数年学会でもとりあげられてきましたが、多くは「母子感染」というくくりでした。「女性はHIVに感染したあと妊娠することでやっと研究やケアの対象なのかしら」というのは数年来思ってきたことです。
今回の学会ではもう少し話題が広がりましたが、それは、国際会議で「HIV陽性の女性/カップルの挙児希望の援助」、「女性のHIV感染予防のためには他のSTD感染予防がまず必要」というトレンドにあわせたものだったととらえています(というか、事前に関係者にそういう提案もしたわけですが)。
私自身は挙児希望について現場の話題を中心に話しました。簡単にまとめると「子どもをもつもたないは個人の選択。医療はその時点で可能な技術やサービスの提供をする」ということだけです。実際の現場では、子どもがほしい、という会話ができるかどうか、最新情報の提供が危うい、技術はあるのに医療側の問題で最適サービスが提供できない施設もある、というような問題があります。
まだまだ総数としての女性は少ないわけですが、これが増えてから対応というのは明らかな政策上、実際の対応上の問題につながります。何か打開策はないものか? と思うわけですが、まず一番手厚い「研究」のところで「母子感染」ではなく「女性の感染予防と女性患者のケア」の質を改善することにシフトしていただき、いまは「おじさん一色」「医者ばっかり」研究グループの中に、女性の健康・保健医療のエキスパートを入れるとか、当事者の意見を聞けるシステムをつくることではないかと思います。
それから、統計など数字が幅をきかせるEBM(Evidence Based Medicine。科学的根拠に基づいた医療)が重要なことを否定するわけではありませんが、それぞれの数字の裏にある社会的、人間的な因子をもう少し解読していかないと、どうしてお金や時間をかけているのに状況が改善されていないかということがいつまでも不明確なままです。例えば「どうして西日本は妊婦健診でのHIV検査が行われない率が高いのか」。これははがきのアンケートや、一方的な講演会をしても改善されないことではないかと思っています。
女性や子どもはこの病気の影響をもっともうけるバルネラブルな存在です。「とりあえず1セッションいれとこう」的な扱いから、学会としてプロモーションなどができないかなと思いました。[堀成美]