■7・梅毒
[病原体]
梅毒は、スピロヘータ(広義の細菌に含まれる、らせん状の微生物)の一種である梅毒トレポネーマの感染によって生じる。梅毒トレポネーマは、長さ6ないし12μmで、物理化学的諸条件には大変弱く、特に乾燥には弱い。39℃5時間またはマイナス10℃3時間で死滅し、48℃30分で感染能を失う。
陰茎や陰唇、時に口唇の皮膚や粘膜に生じた傷から性交時に侵入するが、傷のない皮膚から侵入することはない。また、食器等を介しての感染も可能性としては考えられるが、実際には起こらない。
血中の抗梅毒トレポネーマ抗体の有無を調べる梅毒血清反応(STS)は、感染後4〜6週間で陽性となる。[症状]
感染後、潜伏期と顕症期(第1期から第4期まで)を交互に繰り返しながら、慢性に経過する。皮膚、粘膜に梅毒特有の症状が現れたものを顕症梅毒、梅毒血清反応(STS)のみ陽性で、特に症状の無いものを潜伏梅毒と言う。
感染初期には、梅毒トレポネーマは感染部位に限局しており、約3週間の第1潜伏期を経てから、感染部位に一致して小豆大〜エンドウ豆大の無痛性の硬結(初期硬結)が生じる。この硬結は、まもなく自潰して表面が潰瘍化し、軟骨様の硬さを持つ硬性下疳(陰部にできる潰瘍を伴う発疹)となる。同時に領域リンパ節が腫大するが、この時、痛みは伴わない。(第1[顕症]期)その後、硬性下疳は自然に消退し、約2カ月間の第2潜伏期に入る。
感染から約3カ月後に、梅毒トレポネーマが感染部位から、血行を介して全身に広がり、症状が出現する。皮疹症状としては、まず梅毒性バラ疹(全身に生じる爪甲大の淡紅色斑で、数日で消退する)が生じ、次いで、扁平コンジローム(陰部、腋窩、肛門周囲などに生じる湿潤性扁平隆起性丘疹で、悪臭を放つ。病巣から多数の梅毒トレポネーマが検出される。この時期は感染力が強く、他人に感染させやすい)、粘膜斑(口唇、舌、口腔粘膜、陰部に生じたびらん性丘疹)などの丘疹性梅毒が生じる。また、梅毒性脱毛症(側頭か後頭部にかけて、境界不明瞭な脱毛斑が多発し、次第に全頭に及ぶ)も見られる。(第2[顕症]期)第2期の患者は感染源として最も重要であるが、症状自体は自然に消退し、第3潜伏期に入る。
感染後、約3年を経て、ゴム腫(紅褐色の皮下結節で潰瘍を形成する。最初の潰瘍は瘢痕を形成して、自然に治癒するが、新しい潰瘍が次々と形成され、瘢痕が拡がっていく)と結節(蛇行状に生じる指頭大の隆起性結節で、次第に潰瘍化する)を生じる。この時期になると、病巣からの梅毒トレポネーマの検出はごく僅かで、もはや感染源となる可能性は少ないが外見が醜悪となり、しばしば嫌悪の対象となる。(第3[顕症]期)感染から約10年を経ると、梅毒トレポネーマは心臓血管系や脳、脊髄を侵して、梅毒性大動脈炎、脊髄癆、進行麻痺などを生じる。これらを変性梅毒と呼ぶ。(第4[顕症]期)
妊婦が梅毒に感染している場合、胎盤を経由して胎児への感染が生じるが、感染しても多くは流産するため、先天梅毒児として出産されるのは妊娠後期に胎児への感染が生じたものが多い。なお、先天梅毒は、成人梅毒とは、やや異なった症状、経過を示す。
[治療]
治療は、ペニシリンが最も有効で、ペニシリンに対する耐性菌は、まだ見つかっていない。ペニシリン以外では、テトラサイクリン系、マクロライド系抗生剤が使われるがニューキノロン系、アミノグリコシド系は無効である。感染後2年以内の早期梅毒(第1期及び第2期)では、十分な量のペニシリンを少なくとも10日間投与すれば、完治すると考えられているが、感染から満2年以上が経過した晩期梅毒については、完治するか否か、定かではない。早期梅毒において、ペニシリンの投与により大量の梅毒トレポネーマが死滅するため、治療第1日目に39℃前後の発熱を見ることがある。投薬前に発熱について患者に十分に説明する必要があり、解熱剤の使用が推奨されている。
早期梅毒では、梅毒血清反応(STS)の陰性化をもって最終的な治癒と判定する。STSは感染から治療開始までの期間が短いほど早く陰性化するが、それでも第1期では2ないし6カ月、第2期では数カ月から1年半かかる。晩期梅毒では、大量の抗生剤を連続投与しても、STSが陰性化することはなく、ある一定の低い値で固定化する。
■8・アメーバ性赤痢
[病原体]
アメーバ性赤痢は、赤痢アメーバの感染(寄生)によって生じる腸管感染症であるが、特に症状のないことも多い。
赤痢アメーバは、熱帯地方に限らず世界各地に広く分布しており、WHOによれば、全世界に約5億人の感染者がいると推計されている。地域によって病原性が異なる株(アメーバをその性状によって、いくつかのグループに分類した際の単位)が特徴的に分布している。一般に、欧米に分布している株は病原性が弱く、感染していても症状の出ない不顕性感染が多いのに対して、日本や東南アジアに分布している株は病原性が強く、症状が出やすいとも言われているが、必ずしも明確ではない。アメーバ性赤痢には、栄養型と嚢子(感染型)の2形態があり、栄養型が大腸で活発に増殖し、組織内に侵入して、出血、下痢等の症状を引き起こす。嚢子は、環境への抵抗性が強く、糞便中に排泄されて、感染の原因となる。嚢子は、体外に排泄された後も、適当な湿度があれば、1〜2カ月は感染力を保持する。しかし、乾燥、高温には弱く、55℃程度で速やかに死滅する。
感染は糞便中に排泄された嚢子に汚染された食料、飲料水を経口的に摂取することによって生じる。しかし、衛生状態が良く、食料や飲料水が汚染されることの希な先進国においては、性行為、特にanal-oral sexに伴って感染することが主となっており、STDとして注目されている。また、人畜共通感染症でもあるため、イヌ、ネコ、サル、ブタなどにも感染が見られる。
[症状]
赤痢アメーバの病原性は株による差異が大きく、ほとんど病原性を有しない株から、強い病原性を有する株まで様々であるが、感染者の大多数は発症しないことが多い。感染しても発症しなかった場合、治療せずに放置すれば、無症状のキャリアに移行すると思われるが、こうしたキャリアの多くは非病原性の赤痢アメーバに感染しているため、特に症状もなく、また抗体も産生されない。なお、キャリアが他人ヘの感染源となることは少なく、特別の注意や治療は必要としない。赤痢アメーバが腸管内に寄生しているだけでは、特段症状は示さず、赤痢アメーバが大腸組織内に侵入して、初めて症状が現れるため、潜伏期は一定しないが、概ね1〜3週間程度である。初発症状は下痢、腹痛、血便である。直腸に病変がない限り、下痢の程度は軽く、血液が混和したイチゴゼリー状の下痢便が特徴的である。病変部位は主に盲腸であり、腹痛は回腸盲腸部に多く、圧痛もあるが、腹痛は軽い場合もある。発熱も見られるが、比較的軽い。
赤痢アメーバによる下痢は、粘液便、血便、水様便と多種多様で、必ずしも赤痢様の粘血便とならないことも多く、この場合には非赤痢性アメーバ性大腸炎と呼ばれる。さらに、慢性化すると、腸壁の肥厚、線維化を招き、下痢だけでなく便秘も生じるようになり、下痢と便秘が交互に見られる。アメーバ性赤痢の重症例としては、赤痢アメーバによる組織の壊死が進行して、腸管穿孔による腹膜炎を生じたものがある。この場合の初発症状は、中等度の発熱、右季肋部重圧感、不快感などであり、次いで右季肋部痛及び同部の圧痛、肝腫大などの主症状が現れ、食欲不振、悪心、嘔吐などを伴う。白血球(特に多核白血球)の増多(10000〜15000/mm3)も見られるが、通常、肝機能異常、黄疸は見られない。
アメーバ性赤痢の20〜40%に肝膿瘍を併発する。肝膿瘍の合併と、大腸炎の症状とは関係がなく、下痢等の症状が無い場合(アメーバ性赤痢ではない場合)でも、肝膿瘍が発症することがある。肝膿瘍では、右季肋部痛と発熱が見られ、治療しなくとも症状自体は軽快する。しかし、完全には治癒しないので、時々再発しつつ、慢性化する。
[治療]
ニトロイミダゾール系薬剤(メトロニダゾール、チニダゾール)とサルファ剤等の抗生剤を併用して、経口投与する。メトロダニゾールは静脈内投与(点滴)も可能である。
肝膿瘍には、ドレナージ(ドレンを体内に挿入して、浸出液を排液すること)とメトロニダゾールの投与を行うが、ドレーンの留置は細菌感染を起こす危険もある。
ニトロイミダゾール系薬剤の代わりに、重症赤痢、肝膿瘍に対して、デヒドロエメチンが用いられることもあるが、デヒドロエメチンの単独投与では再発するので、他の薬剤による再発予防のための後治療が必要である。治療を行う意義は乏しいが、症状のない無症候性キャリアの治療を敢えて目的とする場合には、副作用の発現を極力避けるため、腸管からの吸収率が低く、腸管内の赤痢アメーバのみに効果を発揮するフラミドが用いられる。
■9・ランブル鞭毛虫感染症
[病原体]
ランブル鞭毛虫が十二指腸から小腸上部の粘膜上皮に吸着、寄生することによって生じる下痢症である。10才以下の小児は、成人や年長児に比して感受性が高く、感染しやすいため、熱帯地方における小児の吸収不良症候群の原因として、特に重要である。
ランベル鞭毛虫は、世界中に分布しており、感染者は三〇〇〇万〜四〇〇〇万と推計されている。食物、ハエ、水を介して、嚢子が経口的に摂取されることによって感染するが、赤痢アメーバと同様に、anal-oral sexでも感染し、STDとして注目されている。[症状]
主症状は、下痢、上腹部痛である。潜伏期は1〜2週間であるが、感染者の大多数は発症せず、無症状のキャリアとなる。感染者の約1/3のみが下痢を訴えるが、下痢の多くは軟便ないし脂肪便である。食欲不振、腹部膨満感などを訴え放置しておくと吸収不良症候群にまで発展する。胆のう炎、胆管炎の原因となることもあるが、成人では特に肝炎様の症状を起こし、黄疸、GOT・GPTの上昇など肝炎類似の症状が見られる。
腸管分泌性IgA欠損症等、何らかの免疫不全がある場合には、高度の感染が見られ、重症化する場合もある。[治療]
赤痢アメーバと同様、メトロニダゾールまたはチニダゾールを投与する。キナクリンも有効であるが、それだけ副作用も強い。■10・毛虱(ケジラミ刺咬症)
[病原体]
主として陰部に寄生したケジラミによる刺咬症である。人に寄生するシラミには、ヒトジラミ(アタマジラミ、コロモジラミ)とケジラミの2種類があり、ヒトジラミは発疹チフスリケッチアを媒介するが、ケジラミはリケッチアを媒介せず、産卵数も少ない。ケジラミは、体長1・5mm、体幅1・0mm程度の3対の肢を有する吸血虫である。活動性に乏しく、毛に付着したままで、同一場所から長時間継続して吸血する。成虫は頭を毛包深く埋め、毛幹に強くしがみついているので、見つけにくく、取り難い。毛幹に数珠状に付着した虫卵が発見されることが多い。成虫の寿命は約30日、30〜40個の卵を産み、卵は約1週間で孵化する。人を離れると、24時間以内に死滅する。
主な寄生部位は陰毛、腋毛、その他の体毛であるが、体毛のない小児では睫毛、眉毛に寄生することがある。不潔な性行為と寝具の共用によって感染する。
[症状]
ケジラミの刺咬部に掻痒性皮疹を生じる。掻痒は激しく、ときに掻破湿疹からリンパ節腫脹を来たす。ケジラミの排出物が茶色のシミとして、下着に付着することから、気が付かれることもある。[治療]
陰部を剃毛し、清潔にした上で、クロタミトン軟膏(オイラックス)を擦り込む(ステロイド入りのオイラックスの塗布は避ける)。殺虫剤としては、ピレステロイド系のフェノトリン(スミスリン)を用いるが、卵には効かないので、孵化時期を想定し、1週間程度の間隔を空けて、数回外用する必要がある。
■11 疥癬[かいせん](ヒゼンダニ)
[病原体]
ヒゼンダニ(疥癬虫)の寄生によって生じる発疹症であり、激しい痒みを伴う。皮疹は、虫体またはその産物に対するアレルギー性感作が重要な役割を果たしており、単なる刺咬症ではない。ヒゼンダニは、0・2〜0・4mm程度の大きさの半球状のダニであり、雌虫が皮膚の角層内にトンネルを掘り進み、10〜25個の卵を産みつける。ヒトのみに寄生するため、ヒトから離れて数日以上生存することはできない。患者との密接な接触あるいは同衾、さらには寝具や衣類の共用によって感染する。最近では、不潔な性行為による感染も多い。
[症状]
夜間に増悪する激しい痒みを伴う丘疹が陰部に限らず、四肢、腹部をはじめとした全身に見られる。ヒゼンダニは、指間、外陰部、各関節窩に好んで寄生し、水疱、膿疱等の漿液性丘疹と疥癬隧道を生じる。疥癬隧道は雌虫が角質層内に侵入し、常色、5〜10mm、S字状に曲がった線条隆起として現れる。中には、卵と糞があり、尖端に成熟雌虫が潜んでいる。[治療]
入浴洗浄後、クロタミトン軟膏、安息香酸ベンジル液、有機硫黄剤(チアントール)等を数日間、全身にくまなく塗布する。衣類、寝具への殺虫剤散布、洗濯も同時に行い、ヒゼンダニを駆除する。治療や殺虫は、一斉に行わないと効果が乏しい。戦後、日本でも使われていたDDT、BHC(γ-BHC:リンデン)等の殺虫剤はヒゼンダニにも極めて有効であるが、人体への刺激性、炎症性が強く、神経毒性もあるため、日本では使用されていない。
■参考文献
▼「東京都感染症マニュアル」東京都感染症マニュアル検討委員会監修、東京都衛生局医療福祉部結核感染症課編集・発行、一九九二年三月