このニュースレターが皆さんのお手元に届く頃には、薬害訴訟の和解が成立し、エイズをめぐる状況は新たな一歩を踏み出しているかもしれない。これを書いている時点では、情報戦の様相を呈しており、なかなか迂闊なことが書けない。そこで、「第四ルート」について書いてみたい。
というのも、恐らく和解が成立してしまえば、報道量は急速に減少してしまうだろう。その中で、報道が継続すると思われるのは、次々と被害が発覚する(ハズの)「第四ルート」ぐらいだろうと思うからだ。そうした報道に惑わされないためにも、ここで「第四ルート」について、きちんと言及しておきたいと思う。昨年二月二五日付『読売新聞』朝刊三一頁に「肝炎患者のエイズ感染 〃第四ルート〃の衝撃 広く使用? 非加熱血液製剤」という記事が躍った。これが「第四ルート」という言葉が最初に登場した記事ではないかと思う。
読売新聞によると「第四ルート」とは、「性的接触、母子感染、そして血友病治療に続く」ものだという。血友病治療以外の血液製剤投与による感染を「第四ルート」と称しているらしい。
しかし、血友病治療(第三ルート!?)で用いられた血液製剤も、第四ルートで用いられた血液製剤も、まったく同じものである。感染ルートで言うならば、どちらも「血液製剤(凝固因子製剤)を通じて」ということで同じになってしまう。とすると、両者の違いは、投与対象とされた疾病が「血友病」なのか「血友病ではない」のか、という違いでしかない。「性的接触」(第一ルート!?)を、感染者のセクシャリティによって、「異性間性的接触」と「同性間性的接触」(男性両性愛者を含むことになった)に分けることに似ているかもしれない。背景には、マイノリティ差別に根付いた「ハイリスクグループ」の概念が横たわっている気がする。すなわち、「血友病という遺伝性疾患を持った〃特殊〃な人たち(感染被害は仕方がない)」と「肝臓病などの後天的疾患による〃普通〃の人たち(普通の自分も感染させられるかもしれず許せん)」という二分化だ。
それに、第四ルートまでに「静注薬物濫用」が入っていないというのも不思議だ。昨年末現在、静注薬物濫用による感染者は十六名であり、「母子感染」(第二ルート!?)の十六名と同じだ。
もちろん、第四ルートより前から判明していた感染ルートである。なぜ「静注薬物濫用」が除外されているのかは、意味不明としか言いようがない。そもそも、「血友病」と「非血友病」の区分は、実は明確とは言えないのではないか。凝固因子製剤は、凝固因子欠乏症が適用である。「凝固因子欠乏症」とは血友病のことを指すのが一般的であるが、ビタミンK欠乏症や劇症肝炎など様々な原因で生じた凝固因子欠乏に際しても「凝固因子欠乏症」として投与されていたというわけだ。
卵巣手術の際に投与された凝固因子製剤によりHIVに感染させられた女性が一九九三年一一月、厚生省の「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」から「血液製剤によるHIV感染者」として認定されていたという。非血友病患者だ。厚生省の公式見解は「一九九四年六月まで血友病患者以外に凝固因子製剤が投与されていたことを知らなかった」であったため、「九三年一一月には知っていたじゃないか!」と指摘されたわけだ。これに対し厚生省は、「この女性は低プロトロンビン血症で、血友病類縁疾患であった」と抗弁している。あらゆる凝固因子欠乏症を「血友病類縁疾患」としてしまえば、血友病と第四ルートの境界は、どんどんなくなっていってしまうのだ。「第四ルート」だって、凝固因子が欠乏しているから凝固因子製剤を投与しているのだから。
「血友病類縁疾患」としては、フォンウィルブラント病が有名だ。第八因子欠乏症である「血友病A」や、第九因子欠乏症である「血友病B」と異なり、フォンウィルブラント因子欠乏症である。したがって、その対処療法は、フォンウィルブラント因子の補充である。フォンウィルブラント因子が精製・排除されてしまっている第八因子濃縮製剤や第九因子濃縮製剤といった血液製剤では、効果がない。フォンウィルブラント因子が多く含まれているクリオプレシピテート(クリオ製剤)投与が医学的常識である。しかし、簡便さと薬価差益から、フォンウィルブラント因子が僅かばかり含まれていた第九因子濃縮製剤を代替的に投与され、大量のHIV感染被害者を出している。本来の治療法であるクリオ製剤を投与されていれば、感染しなかった人たちだ。訴訟の原告にも、たくさん加わっているところだ。これは「第四ルート」ではないのか?「第四ルート」と何が違うのだろう?こうした「第四ルート」発生の原因は、血友病患者をめぐる「薬害エイズ」と同じである。
ただ、エイズの危険性が警告されて以降、加熱製剤より利益率の高かった非加熱製剤の売り抜け及び在庫処理として、「血友病以外にも有効」として拡販された事実がある。これが「第四ルート」だ。そのため、血友病患者よりも平均して感染時期が遅いことが予測されるし、より犯罪性が高いことは指摘できるだろう。
けれども、「第四ルート」だけに注目していたのでは、決して加害の全体構造は見えてこない。適用の拡大は、あくまで派生的に生じてきたものに過ぎない。八四、五年の事象というよりは、八二、三年、もしくは七〇年代の構図を把握しなければ、真相の解明や再発防止のための改革にはつながらないのだ。
被害実態把握の遅れも、何も「第四ルート」だけに特有の話ではない。今年、一月三一日に行なわれたフォーラム『薬害根絶のために何をすべきか』で、読売新聞の鈴木記者は「厚生省の責任、それはまず、本来の責任も問わなければいけないんだろうけど、まず今回はね、責任を考える前にまず患者を見つけてあげて、とにかくまず治療の現場へまず何とかそこまでたどり着けるような形をとることが先決じゃないか」とフロアから発言をした。しかし、ほぼ同じ要請が一九八五年には血友病患者から厚生省に対してなされているのである。
すべての血友病患者は各都道府県によって把握されている。把握されている血友病患者の感染の有無を確認し、発症予防を受けられる医療体制を作ってほしい! というのが、血友病患者らの要請であった。それに対して厚生省は、「解決済み」「訴えられるものなら訴えてみろ」との姿勢を示し、医療機関の非告知を黙認し、治療体制の整備を怠ってきたのである。やむを得ない状況に追い込まれた形で、血友病患者らが提訴したことを忘れてはならない。
今でも血友病患者の被害実態は、完全に把握されているわけではない。毎年あらたな被害者が把握されてきている。最近も原告団には「告知されていないんですけど…」と言った声が寄せられている。
昨年九月、厚生省は製薬企業から提供された資料により、全国五四八医療機関に納品されていた事実を把握した。最近では製薬企業への立ち入り検査により千以上の施設に納入されていたことも判明した。この血液製剤の納入リストから被害実態を把握することも血友病患者らが要望していたことだ。それに対して厚生省と製薬企業は、「既に資料は破棄されてしまって確認できない」と実態調査を拒否してきたのである。それが今になって可能になったことに驚きを禁じ得ない。「第四ルート」の実態把握の流れを見てみると、まず九四年七月に産業医科大の白幡聡助教授がビタミンK欠乏症の少女を報告。九五年二月には劇症肝炎のケースが発覚。それを受けて三月に厚生省のエイズ研究班が白幡助教授を中心に実態調査に乗り出し、少なくとも一八八人に投与されていたことを把握するが、回答率も六割に留まり、エイズ検査は一八八人の一割以下しか実施されていない状況であった。
この後、実態調査は遅々として進まず、業をにやした東京の原告団が、六月に実態把握の緊急申入れを厚生省に行なっている。地方議会や国会議員にも、精力的に働きかけ始めた。
しかしながら、調査を進めている白幡助教授サイドからは「医師の協力なしには把握できないのだから、ことを荒立てないでくれ」との声が聞こえてきた。医師の主体性に委ねた結果、十年以上も実態把握ができないでいるのである。
鈴木記者の指摘とは逆に、責任追及の結果として、ここにきて急速に実態把握が進められてきたと言うべきだろう。
今後も、製薬企業はもちろんのこと、卸問屋や医療機関へ強制的に立入調査などをしていかない限り、本当の実態把握は望むべくもない。
血友病患者も含め、いったい何人が闇から闇へと葬られていったのか?
エイズをめぐる社会現象は、極めて政治的な情報操作の歴史である。たとえば、最近〃発見〃された厚生省生物製剤課のファイルを「郡司ファイル」と名付け、郡司氏個人の責任に押し付けようとしているように。郡司氏は担当課を離れる時に「置いてきた」と、かねてより話していたが、隠蔽してきたことまで郡司氏の責任かのような報道だ。いったん命名されると、事実とは異なる〃真実〃が一人歩きし始める例と言えよう。
「第四ルート」も同じだ。我々は、言葉に惑わされ、本当の真実を見失ってはならない。
エイズをめぐる差別・偏見の歴史は、今も続いている。[草田央]