■12 ウイルス肝炎(後編)
(3)B型肝炎
[オ HBVキャリア]
《1》HBVキャリアの分布
現在、日本人の0.9%、約110万人がHBVキャリアであると推測されているが、1970年代初期には、2.7%がキャリアであると推測されていた。この減少は、19歳以下では0.4%がキャリアであるに過ぎないことから、1970年代に入ってから小児がHBVに感染する機会が減少したためと考えられている。特にB型肝炎母子感染防止事業が始められた1985年以降に生まれた児では、キャリアは0.04%と著しく減少し、感染の機会がほとんど皆無となっている。
HBVキャリアは広く全世界に認められるが、アジア・アフリカ地域では全人口に占めるキャリアの割合が高く、アメリカおよび西欧各国では低いという地域差がある。HBVキャリアは、全世界で約3億人と推定され、そのうち2億2千万人がアジア、5千万人がアフリカ、700万人がラテンアメリカ、400万人が中近東の住民である。その一方で、北米ヨーロッパのキャリアは200万人にも満たない。肝硬変、肝がん等のHBV関連疾患による死亡者は、全世界を通して毎年100万人と推定されている。《2》HBe抗原陽性無症候期
HBVキャリアは感染後かなりの期間(乳幼児期に感染していれば、10代後半から20代までの間)は、血中のHBs抗原のみならずHBe抗原も陽性であるにもかかわらず、血清GPT(トランスアミナーゼ)は正常値を持続し、無症状に経過する。この時期のキャリアは、HBe抗原が陽性であり、血中に大量のHBVが存在しているので、他人への感染性が強い。一般にキャリアといえば、この時期の感染者をいう。
これはB型肝炎の症状は、HBVそのものが増殖して肝細胞を破壊することによって生じるのではなく、HBVが感染している肝細胞を宿主が異物として認識し、免疫反応に基づいて、HBV感染肝細胞を自ら破壊することによって生じるためである。 すなわち、HBVキャリアでは、HBVが異物として認識されないため、HBVが体内から排除されない代わりに、肝炎の症状も起こらない。ちなみに、HBVに対して、免疫系が過剰に反応した場合が劇症肝炎であると考えられている。《3》慢性肝炎期
HBVキャリアは年齢が進むにつれて、体内のHBVを異物として認識できるようになり、HBVに対する免疫反応が作動して肝炎が発症する。乳幼児期にキャリアとなった場合であれば、10代後半から20代にかけての時期に、この肝炎が発症するが、最近では、この時期が早まっていると言われている。
この肝炎は6か月以上持続して慢性肝炎となるが、一般に自覚的な症状のみならず、血液生化学的検査値の軽度異常以外に客観的な症状(黄疸等)も乏しいままに経過するため、定期的に肝機能検査を実施していない限り見逃されることも多い。特に若い女性ほど肝炎は軽くて短い。しかし、ときとして急性肝炎と同様の自覚症状や黄疸を伴って発症する例(慢性肝炎の急性発症)があり、B型急性肝炎との鑑別が必要となる。
この時期に、大部分のキャリアでHBe抗原陽性からHBe抗体陽性へとセロコンバージョンを起こし、血中の抗原抗体系が変化する。HBe抗体が陽性になると共に肝炎は治まり、他人への感染性も弱くなる。しかし、キャリアの10%程度はHBe抗原からHBe抗体への変換がなかなか起こらず、肝炎が長引いたり、非常に激しく起こったりする。《4》HBe抗体陽性無症候性キャリア期
血清GOT、血清GPTなど、肝機能の指標となる血液生化学検査値もほぼ正常の範囲で推移し、肝炎が再発することもほとんど見られない。また、非常に長い経過でHBs抗原も陰性化し、HBVが体内から完全に排除されることがある。[カ 感染経路]
主たる感染源は、潜伏期間の終わりころから発病初期までのB型急性肝炎の患者と、HBe抗原陽性期の無症候性キャリアである。
感染経路としては、血液、血液製剤(輸血用新鮮血を含む)のほか、血液が付着することがある医療器具、カミソリ、歯ブラシ、タオル等などを介しての感染が考えられる。実験的には感染者の血液を経口摂取することによってもHBVは感染し得るが、現実の感染経路としては、非経口感染、それも輸血、注射その他の医療行為、あるいは針等を用いる民間療法や刺青等に伴う感染が主要な経路である。特に医療行為における事故が最も多く、感染者の1/3は医師、看護婦・士、検査技師などの医療従事者である。
かつては輸血による感染も多かったが、HBs抗原を指標としたスクリーニングが行われるようになった1973年以降は、HBVによる輸血後肝炎は激減した。1990年以後は日赤血液センターで検査された血液を輸血して、新たにB型肝炎となった例は報告されていない。なお、現在発生する輸血後肝炎の大部分はC型肝炎ウイルスによるものである。
成人がHBVに感染する原因として、最も多いのは性行為である。これは、血液が直接体内に入る場合を除けば、性行為に伴うような密接な接触関係がなければ、HBVが感染しないからである。なお、HBe抗原陽性キャリアと寄宿舎等で集団生活を営んだとしても、HBVに感染することは通常考えられない。
小児では、キャリアである母親あるいは急性肝炎を発症した母親から感染することが多い。かつては出産に伴って感染することが多かったが、1985年に母子感染防止事業が始まってからは、出産に伴う感染は著しく減少した。母親以外の同居家族から感染することもあるが、その頻度は低い。[キ 予防対策]
HBVに特異的な予防法には、次の2つがある。《1》針刺し事故等により、HBVに曝された場合には、HBs抗体を大量に含有する免疫グロブリン(HBIG)をできるだけ早く、遅くとも48時間以内に投与し、必要に応じてHBワクチンを接種する。
ただし、免疫グロブリンは血液製剤の一種であり、今日ではウイルス不活化処理が施されているが、かつて血液製剤によるHCV感染、HIV感染が生じたように、未知のウイルスに感染する危険が常に存在する。《2》予めHBワクチンを接種して、HBs抗体を産生させ、HBVに対する免疫を獲得する。
現在、日本で用いられているHBワクチンは、遺伝子組み換え技術を利用して製造されたリコンビナントワクチンであり、安全性も有効性も高い。また、感染後の発症防止にも効果があるとされている。(4)C型肝炎
[ア 症状]
感染後2週間ないし6か月の潜伏期を経てから、食欲不振、全身倦怠感、腹部不快感、悪心嘔吐などの症状が出現する。重症度はまったく症状を示さないものから、劇症化するものまで様々であるが、一般に黄疸など肝炎に特徴的な症状を欠く軽症例が多い。この時期の予後は良く、重症化したり、死亡することはまれである。
しかし、小児に限らず、成人が感染した場合でも高率(60%以上)に慢性化し、感染状態が長く持続することが多い。このため、本人も全く気が付かないうちに感染し、特に症状を示さないままのC型肝炎ウイルス(HCV)キャリアも存在する。
HCVキャリアの多くは慢性肝炎の増悪と軽快を繰り返しつつ、20年以上の長期の経過で肝硬変から肝がんへと進展し、最終的には死に至るものと考えられている。理論的な計算によれば、感染から約60年の時点でのHCVキャリアの死亡率は、ほぼ100%となる。ただし、実際には、それ以前に別の病気で死亡していることが多い。[イ 病原体]
C型肝炎ウイルス(HCV)はフラビウイルス科に属する直径35〜65nm(平均約55nm)の小型RNA型ウイルスである。直径約33nmのコア(core)と、これを被う外殻(エンベロープ)の二重構造を有している。
1989年にその遺伝子の断片が見出されたことを契機として、その存在が明らかとなり、かつて正体不明の肝炎ウイルスとして、非A非B型肝炎ウイルス(NANBV)と呼ばれていたものの殆どがHCVであることが判明した。
約9400塩基から成る一本鎖RNAを待ち、そのほぼ全域にわたる塩基配列が決定されている。ウイルス学的な性状は既知のフラビウイルス(日本脳炎ウイルス、デングウイルスなと)等に似ている点もあるが、塩基配列上の類似点はほとんどない。塩基配列の解析から、日本には少なくとも4種類のサブタイプが存在すると考えられている。また、世界的にも新しいタイプが次々と報告されている。
感染細胞では、初めに大きな前駆体蛋白が産生され、細胞由来のシグナレースやウイルス由来のプロテイネースにより切断されて、各々固有の蛋白が形成される。
実験的にチンパンジーに感染させることが可能である。[ウ 感染経路]
HCVを含む血液の輸血や血液製剤によって感染するが、針刺し事故、薬物常用者による注射針の連続使用、消毒不十分な医療器具を用いた医療行為、臓器移植などによっても感染する。家族内感染、母児感染の例もあるとされているが、その頻度は低いと考えられている。性的接触(異性間、同性間を問わない)も感染経路の一つとして考えられてはいるが、その頻度は母子感染以上に低いものと考えられ、少なくとも出血を伴わない限り、性行為によって感染することはないとも考えられる。
実験的に感染させたチンパンジーの血液を調べると、急性期の最初の頃、血清GPTの上昇期の直前1〜2週にHCVがPCR法で血中に検出される。従って、この時期の血中には感染性のHCVが存在すると考えられるが、C型慢性肝炎患者や無症状のキャリアの血液にも感染性があり、やはりHCVが存在すると考えられる。
しかし、チンパンジーの感染実験によれば、血中のHCVのウイルス量はHBVに比べ格段に少なく、感染性はHBVよりもかなり低いことが知られている。すなわち、HCVキャリアの血液の感染価は、10^4(10の4乗)〜10^6CID/mlであり、HBe抗原陽性HBVキャリアの血液の感染価10^8CID/mlに比べて、100分の1から10000分の1の低さである。
ちなみに、HIVキャリアの血液の感染価は、まだ正確に測定されていないが、HCVと同程度ないし、それ以下と考えられている。
[エ 診断]
- (注)CID/ml:Chimpanzee infection Dosis
- ウイルスの感染性の強さを示す単位の一つ。感染者の血液を一定の倍率で希釈していき、希釈した血液1mlをチンパンジーに注射して感染させることができた時の最大希釈倍率で、血液中のウイルス量を間接的に示し、ウイルスの感染性を表す。 例えば、10^4(10の4乗)CIDと言えば、10^4倍まで希釈した血液1mlをチンパンジーに注射した場合には感染したが、それ以上希釈した場合には血液を注射しても感染させることができなかったことを示す。
HCV抗体(感染抗体)の測定により、HCV感染の有無を知ることができる。
HCV抗体の検査法としては、赤血球凝集法(PHA法)、ゼラチン粒子凝集法(PA法)、酵素抗体法(EIAあるいはELISA法)、ラジオイムノアッセイ法(RIA法)等の方法が用いられる。
C型肝炎ウイルスそのものの存在は、血中に存在するウイルスのRNAを逆転写酵素を用いてcDNAとし、そのcDNAをPCR法で増幅することにより、高感度に証明できる。
また、各種ウイルス抗原を用いてイムノブロット法の確認試験も開発されており、ウイルス抗原を効率よく検出する系も開発が進んでいる。
HCV抗体の検査には、当初、C型肝炎ウイルス遺伝子の非構造蛋白(NS-4)を酵母で遺伝子工学的に発現させて得た蛋白(CIOO-3)に対する抗体を検出する、いわゆる第一世代の測定系が用いられていた。その後、構造蛋白(コア)に対する抗体が感染のごく早期から検出されることから、HCVの構造蛋白に対する抗体(core抗体)と非構造蛋白に対する抗体(NS抗体)とを同時に測定できる、いわゆる第二世代の測定系が開発された。現在では、第一世代の測定系よりも感度が良く、偽陰性を示すことも少ないことから、第二世代の測定系を用いることが推奨されている。
第二世代の測定系によりHCV抗体が検出された場合には、PHA法又はPA法により、HCV抗体価を半定量的に測定し、HCVキャリアか否かを判断する。測定は、血清を希釈して、抗体の有無を検出することにより、最終希釈倍率から抗体価(2^N倍で表現)を求めることによって行う。
[オ 疫学]
- HCV抗体価が高力価(2^12〜2^13以上)であれば、そのほとんどがHCVに感染し、HCVが血中に存在することを示している。
- HCV抗体価が低〜中力価(2^4〜2^11)であれば、少量のHCVが血中に存在するか、あるいは、抗体は検出されるが、血中にはHCVが既に存在しないことを示している。この場合には、HCV-RNA法の検出により、HCVの存在の有無を確認することにより、両者を区別することができる。なお、HCVのcore抗体価を測定することも、両者を区別する際の参考となる。
日本での調査によれば、全肝がん患者の60〜80%、すなわちHBVに感染していない肝がん患者のほぼすべてがHCVに感染していることが判明している。HCVの肝がんへの関与はイタリア、スペインなど、ヨーロッパでも確認されているが、米国ではHCVよりもアルコールの多飲等による影響の方が大きいと考えられている。
日本のHCVキャリアの数は約160万人、全人口の1.3%と推定されており、HBVキャリアの推定数、約110万人を上回る。HCVは、HBVよりもはるかに感染性が低いにも関わらず、これほど多数のキャリアが存在することについては、過去の医療行為の関与が強く疑われている。
HCVキャリアは高年齢層ほど多く、50歳以上では人口の2.29%を占めているが、20歳代では0.62%と低くなっている。さらに、15歳以下の若年層においては、輸血後C型肝炎の既往のある例を除けば、HCVキャリアは、ほぼ皆無である。
全世界のHCVキャリアの数は、まだ十分には調査されていないが、北米ヨーロッパではHBV同様少なく、全人口の1%以下、中近東、アジアでは1〜3%、中央アフリカ、エジプトなどでは、これよりも高いとされており、全世界ではHCVキャリアは1億人に近いと推定されている。
肝硬変、肝がん等のHCV関連疾患による死亡者は詳らかでないが、全世界で年間30万人以上と推測されている。[福田光]
■参考文献
- 「ウイルス肝炎予防ハンドブック」、財団法人ウイルス肝炎研究財団編集、社会保険出版社発行、昭和61年6月
- 「肝炎−増補C型肝炎」、鈴木宏編集、高久史麿監修、南江堂発行、1991年9月
- 「微生物と感染症-21世紀への歩み」、臨床と微生物第20巻増刊号、近代出版発行、1993年11月