カナダのバンクーバーで7月7日〜12日まで第11回国際エイズ会議が開かれました。
プロテアーゼ阻害剤を含む3剤併用療法が注目を集めたこの会議でLAPはブースを出展するなどの活動を行いました。
今回は主な研究発表などを中心に会議の様子を簡潔にご紹介したいと思います。一昨年の横浜に続いて、カナダのバンクーバーで行われた第11回国際エイズ会議には世界から過去最高の一万四一三七人が集まり、基礎科学、疫学・公衆衛生、社会科学、予防啓発事業等の様々な分野にわたる約五千件を越える研究成果の発表がありました。
残念ながら日本での報道は少なかったようですが、私たちLAPからも数名のスタッフが参加し、エイズフォーラム(FAIDS)等と合同で展示会場にブースを出展、活動紹介や交流などを行いました。
展示会場には世界各地のNGO・NPOをはじめ、製薬会社や政府機関等、多数のブースが立ち並んでいました。横浜では見られなかったACT UP等の抗議行動も連日のように行われていました。展示会場の様子はLAPのインターネット・ホームページでも紹介しています。■期待されていた新薬の研究発表
さて、バンクーバーでの国際会議には期待を持って参加されていた方が多かったように思います。治療等についての研究発表への期待です。最も注目されていたのはプロテアーゼ阻害剤を含む3剤併用療法です。また、ウイルス量の測定法の確立やワクチン開発、南北問題についても関心が高まっていました。
2つの逆転写酵素阻害剤と1つのプロテアーゼ阻害剤を組み合わせた3剤併用療法は血液中のウイルス量を九九・九%減少するといわれ、会議でも最も注目を集めていました。
プロテアーゼとはHIVのたんぱく質を合成する際に必要となる「たんぱく質分解酵素」。その働きを阻害するプロテアーゼ阻害剤は従来の逆転写酵素阻害剤とは別のアプローチでHIVの増殖を抑える薬です。
ハーバード大のスコット・ハマー博士らをはじめとする複数の研究グループが従来の抗HIV療法よりも、プロテアーゼ阻害剤を含む3剤併用療法をしている患者の方が予後が良好で、生存率も高いことを発表していました。
アメリカはアーロン・エイズ・ダイヤモンドセンターのマーチン・マーコウィッツ博士らはHIV感染から3ヶ月以内の患者9人にプロテアーゼ阻害剤であるリトナビルとAZT、3TCを投与したところ活発なHIV増殖が消滅したと発表。マーコウィッツ博士らは「治癒」という言葉を使うこと戒めていましたが、ごく限られた初感染の患者についてはもしかしたら治るかもしれないという希望も見えてきました。 現在、アメリカではサキナビル、リトナビル、インディナビルという3つのプロテアーゼ阻害剤が承認され、ネルフィナビルが間もなく承認の見込み。日本では前記の3つが拡大臨床試験の対象で、ネルフィナビルの臨床試験も間もなくはじまる予定です。
期待が大きく持たれているプロテアーゼ阻害剤ですが、アメリカでも潤沢に使えるようになったのはこの春先からという新しい薬であるため、どの組み合わせがどのように有効なのか、副作用はどうか、長期的な効果はどうかといった情報の絶対量が少なく、これから研究が進んでいく薬でもあります。
また、3剤併用は組み合わせによっては1日5回、計19錠という薬を飲まなければいけない等、患者の手間や負担も増えます。
ウイルス量の測定とは血液中に存在しているHIVの遺伝子であるRNAのコピー数を調べる検査のことです。
こうした血液中のウイルス量の測定ができるようになり、CD4数とともに治療方針を決める際の指針の一つとされるようになってきています。
アメリカでは「メディケイト(低所得者への医療補助制度)では年3回しか測れない。もっと測らせろ」と問題になるほど広まっているこの検査ですが、日本では保険適応になっていないため、実施しているのはまだ一部の研究機関に限られています。 保存されていた血清を検査した結果、ウイルス量が高い人は発症が早く、ウイルス量が少ない人は発症が遅いことが分かっています。そういった理由からも、現在の技術では測れないくらいまでウイルス量を減少させる前記のプロテアーゼ阻害剤を組み合わせた3剤併用療法は注目を集めています。
HIV感染予防のために期待されているワクチンですが、その開発は進んでいないとも指摘されています。そんな中、新しいエイズワクチンがカニクイザルのHIV感染を防ぐ実験に成功したという発表がありました。
国立予防衛生研究所が開発したこのワクチンはBCGを応用したものでHIV遺伝子のごく一部を組み込んでいます。HIVに対する体内の免疫力を総合的に高めることでHIV感染をブロックするという仕組みです。最も有望なエイズワクチン候補として今後の研究に注目が集まっています。
3剤併用療法など治療に希望を持たせる研究発表があった今回の国際会議ですが、新薬は値段が高く、感染者の9割りを占める途上国では治療に使えない、との抗議の声があげられていました。
例えばプロテアーゼ阻害剤の一つ、リトナビルは年間で八千ドルかかり、3剤併用では一万五千ドルにもなってしまいます。カリニ肺炎などの薬も充分でない途上国にとって薬価の高騰は大きな問題となっています。
南北間には情報の格差もあります。この問題については先進国を中心に進められているエイズ対策や新薬・ワクチンの研究開発などに関する情報を効率よく、途上国に伝えることを目的としたインターネットのホームページを開設する計画が発表されました。このホームページは数カ月前から試験を続けているそうで、一〇月にも開設される予定です。
国連エイズプログラムの推定では今年六月末現在の世界のHIV感染者・エイズ患者は二一八〇万人(男性一二二〇万人、女性八八〇万人)。そのうち途上国は二〇四〇万人と全体の94%を占め、サハラ以南のアフリカに全体の63%が集中していると発表されました。
ハーバード大のダニエル・タラントラ博士は二〇〇〇年には四四〇〇万人に倍増、最悪の場合は七〇〇〇万人に達する可能性もあると指摘しています。
CDC(アメリカ疾病管理センター)のジョン・カロン博士らの調査によるとアメリカでの13才以上の三〇〇人に一人がHIVに感染していると推定されています。
この他、アメリカの厚生長官が女性のHIV感染予防を目的とした「HIV予防クリーム」の開発に今後4年間で1億ドル以上の予算をつける、という発表もありました。HIVを殺すクリームで、性交渉の前に塗って使うそうです。
駆け足でご報告しましたがいかがだったでしょう。国際会議のほんの一部分でもお伝えできたでしょうか。
もっと詳しいことを知りたいという方はアブストラクト(抄録集)等をご覧下さい。アブストラクトを収録したCD-ROMとフロッピーディスクをLAPに置いてありますので興味のある方はお問い合わせください。
次回の国際エイズ会議は一九九八年六月、スイス・ジュネーブで開かれます。[田上信治]