LAP NEWSLETTER

日本での普及が期待
日本向けピア・カウンセリングの可能性

清水茂徳 

RETURN TO25号目次に戻る

 LAPニュースレター17号でもご紹介したピア(peer=対等な仲間意識を伴った関係で行われる)カウンセリング。アメリカなどで幅広く活用されているこのスキルを日本向けに改良しようという研究が高村寿子氏(自治医科大学看護短期大学助教授=当時)、鬼塚直樹氏(カリフォルニア大学エイズ予防研究センター)、桜井賢樹氏(エイズ予防財団国際協力部長兼研修研究部長)らによって進められています。

 その一環として「ピア・カウンセリング基本的スキルの開発セミナー」の日本への適合性を高め、最終段階に仕上げていくための「咀嚼セミナー」が10月9日〜11日まで自治医科大学地域医療情報研修センターで行われ、LAPからも代表の清水らが参加しました。

 セミナーではこれまでに改良が加えられたピア・カウンセラー養成研修を実際に行い、その後、日本への適合性についてディスカッションを行いました。
 来年早々には研究報告がまとまり、日本でのピア・カウンセリングの普及に弾みがつくものと期待されています。

 ■研究の目的と経緯

 「ピア・カウンセリングの手法を用いたHIV/AIDS教育の普及に関する研究」はアメリカですでにその有効性が証明され、実際に多種にわたる状況の中で用いられているピア・カウンセリングを日本に紹介し、新しい健康教育的アプローチの有効な方法としての適切な位置づけを行い、実践化の道筋をつけることを目的としています。
 97年6月にはサンフランシスコで在米日本人6名からなるフォーカスグループを結成し、API Wellness Centerが開発したオリジナルのピア・カウンセリング養成マニュアルの評価検討を行い、それをふまえ、98年1月には日本の関連分野で活躍されている9名の人たちと自治医大で2回目の検討を行っています。
 今回のセミナーはこうした研究を基にして再構成されたコースマニュアルやワークショップのカリキュラムを用い、再度評価研究を加えていくために、日本のHIV・エイズ関連分野に携わっている人たちを対象に開かれました。高村氏や鬼塚氏は「今回のセミナーから、より文化的妥当性・整合性を持ったピア・カウンセリングの基本的スキルの開発セミナーの形態や方法論、ひいてはピア・カウンセリングを日本の健康教育の中にどのように位置づけしていけばいいのかへの示唆を受けることができるのではないか」と希望して開催の準備を進めてきました。

 ■ピアの有効性とは?

 辞書で調べるとピアとは「社会的、法的に地位の等しい人、同等(対等)者、同僚、仲間」といった意味を持った言葉です。
 たとえば「同じ学校の生徒」「HIV感染者同士」「同じ身体障害を持っている同士」にピアカウンセリングを導入しているプログラムがアメリカなどでよく見られ、親密な同胞意識をベースに大きな効果をあげている、と鬼塚氏は言います。しかし鬼塚氏はそれだけにとどまらず、ピアをもっと広い意味で理解して欲しい、と続けます。
 「年齢が同じぐらい、社会的地位が似通っている、出身地が同じといった『大きくくくったピア』や20年来の幼なじみ、HIVに共に感染しているといった『小さくくくったピア』など、くくりかたは様々だが、多くの人間関係の中では『共通項の相互認識』が行われている。そしてその共通項がゆえにお互いを支援、理解し合おうという同胞意識が生まれてきているのである。
 こうした共通項によって生み出されてきた、手をさしのべ、支援しようとするごく自然な傾向は隠された意図や動機を持たない、まるごとのサポート・システムといえる。私たちが困難な状況に陥ったとき、助けや理解をまず『ピア』に求めることが多いのはそれをすでに知っているからではないか。
 ケアする気持ちと行為とに価値が認められ、平等と相互性にもとづく人間関係の中で、こういった支援的性質を基盤に『ピア意識』を育てていくことは可能だろう。『ピア』には若者の間での仲間意識という語感が強いが、これはほぼ全ての社会グループにおいて言えることであり、共通項のいかんによっては位階的なグループをたてに切る『ピア意識』も可能なのである。
 こういった相互支援的なエネルギーを内包する『ピア意識』の延長線上に、様々な学習や習得が可能なスキルをのせることによって行おうとするサポートが『ピアカウンセリング』なのである。だからこそ『ピア』という言葉を広い意味で理解して欲しい」
 ピアカウンセリングの基本前提は「人は、機会があれば自分自身の問題を解決する能力を持っている」というものですが、「ピア意識」は本来、人が持っている自分自身の問題を解決する能力を発揮できる「機会」をつくり出すために重要な役割を果たしている、といえるのではないでしょうか。

 ■ピアカウンセリングの特徴

 ピアカウンセリングと専門家が行うカウンセリングとは何が違うのでしょうか。ピアカウンセリングは相互支援的なエネルギーを内包する「ピア意識」をベースに行われるというのが大きな違いであることはすでにご紹介したとおりです。
 ピアカウンセラーはカウンセリングの専門家ではない、という点がもう一つの大きな違いと言えます。ですからピアカウンセラーは通常、解釈や診断はしませんし、話の流れを誘導することもしません。その人が何を考え、どう感じているのかはカウンセラーではなく本人が一番よくわかっているという立場を取ります。ピアカウンセラーの本来の役割はアクティブリスニング等のスキルを用いて、相手が自分の考えや気持ちを明らかにし、あらゆる解決策や選択肢を検索するのを支援することです。
 ピアカウンセラーは診断や治療を目的とするのではなく、問題の聞き手として、問題の明確化を助ける者として、あるいは情報提供者として問題解決のプロセスにおいて重要な役目を果たします。
 またカウンセラーとクライアント(カウンセリングを受ける人)の関係も固定化されたものではなく、「じゃあ次は僕がクライアントの番」といったようにお互いにピアカウンセリングし合うこともピアカウンセリングの有効な活用法の一つです。

 ■セミナーの日程

 このセミナーは参加者の自己紹介から始まりました。セミナーに参加した理由や動機などについても話し合いました。またカウンセリングという言葉が様々な意味合いで使われている中で、自分はピアカウンセリングをどう理解しているか、ピアカウンセリングとはどういうものなのか、という点についてもディスカッションが行われました。
 その後、セミナーのスケジュールとグランドルールの説明がありました。グランドルールとは安心できる自由な雰囲気をつくるためのルールで、守秘義務を守る、ジャッジメンタル(批判的、決めつけ)にならないなどの項目があります。
 続いてピアカウンセリングの概要がディスカッションを交えながら紹介されました。「ピアカウンセリングとは何か」「基本概念」「8つの誓約」「効果的なピアカウンセラーになるためには」といった内容です。ニュースレター17号に掲載された内容と同じ部分も多いのですが、いくつかは日本向けにアレンジされていました。
 そして、いよいよ実習です。「基本的スキルの開発」としてアクティブリスニング、コ・カウンセリング(参加者同士でカウンセリングし合う)、問題解決のためのテクニックなどを習得していくために、事例をもとにしたロールプレイ(今回は3人一組でカウンセラー、クライアント、観察者の役割を交代しながら行われました)等を行いました。
 これらの内容はさらに検討され、来年早々には研究報告がまとまる予定だということです。

 ■日本での普及を目指して

 ピアカウンセリングは一九六〇年代後半から次第に認められ、あらゆる場所で成功をおさめてきたといいます。日常の様々な問題への対処への支援において、専門家のカウンセリングと同等の効果があるという報告もなされています(一九七九年、Durlak氏)。
 ピアカウンセリングはPHA(HIV感染者・エイズ患者)はもちろん、サポートを提供するスタッフ、感染不安を抱える人、そしてセーファーセックスの実践のための行動変容を求める人たちにも有効なスキルの一つと言えるのではないでしょうか。
 高村寿子氏、鬼塚直樹氏、桜井賢樹氏らがピアカウンセリングを日本向けに改良されていることの意義は大きく、日本のPHA支援やHIV・エイズ関連活動をより効果的なものにしていく可能性を感じさせるものです。LAPでもピアカウンセリング研修等を積極的に進めていきたいと思います。

[清水茂徳]

<関連書籍>
●『性の自己決定能力を育てるピアカウンセリング』(高村寿子編著、松本清一監修、小学館、1999年、2,200円)※鬼塚直樹氏も執筆しています。
 amazonで探す


RETURN TO25号目次に戻る