福祉の現場からの報告 HIV感染者の身体障害者手帳取得にまつわる問題と、今後の課題について |
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■1.はじめに
平成10年4月1日、身体障害者福祉法施行令等の改正によりHIV感染者に対する福祉対策が始まった。これにより、HIV感染者は、重度障害者医療費の助成や、更生医療、育成医療給付を受ける事が出来、薬剤費や医療費の支払いを軽減することが可能となった。
しかし、ソーシャルワーカーが相談を受ける感染者の中には、役所内のプライバシー保護に不安を抱き、意に反して身体障害者手帳の申請を諦めたり、ソーシャルワーカーに代理人申請を依頼する人も多い。直接福祉の相談を受ける専門家である関東近県のソーシャルワーカーの集まりであるHIVソーシャルワーカーネットワークでは代理人申請等を通じて、プライバシー保護の観点から行政の窓口対応の問題点を検討した。
地方自治体が主体となり、地域の実情にあった取り組みが期待される中、この身体障害者手帳の取得にまつわる問題を整理し、行政のあり方を考えることは、障害者が地域で生活者として暮らしていく上で、必要なことである。
この報告は、アンケート調査ではなく、現実の業務の中で拾い上げたものをまとめたものである。これまで、医療機関において他障害の障害者手帳の申請を援助してきた専門家として、他の障害者との比較、困難度を明らかにする事が可能なソーシャルワーカーの報告は、生の声を広く一般に伝える上で有用であると考える。
■2.市町村窓口対応の調査と結果
HIV感染者の身体障害者手帳の申請を通し、プライバシー保護の観点から、市区町村福祉課窓口の対応について問題と思われる項目を調査した。
具体的には、
・どこの窓口でのやりとりなのか、
・患者、家族、MSW(医療ソーシャルワーカー)等だれが相談したときの対応なのか、
・電話、面接、文書等、どのような方法でアプローチしたものなのか、
・具体的対応
・具体的対応に対してソーシャルワーカーからみた評価
・具体的対応に対してソーシャルワーカーが行なったアプローチ
・そのアプローチに対しての行政側の反応・改善点調査表の作成期間は平成10年4月1日から同年6月30日までとした。各県全体でまとめた上で全体でまとめた。
■3.調査表のまとめと結果
各地の報告から身体障害者福祉に関わる福祉、税務、国保課等職員のHIV感染者に対する興味本位の発言や免疫機能障害に対する対応以前に身体障害者福祉法に関する知識そのものが乏しいこと、組織上、個人情報が漏洩しやすい管理体制、プライバシーが守られないカウンターといった役所の構造上の問題等が浮かび上がった。
これらを整理し、以下の4点が問題として考えられた。
各地の報告から明らかとなった問題 1. プライバシ−保護の捉え方に個人差がある
2. 市町村福祉担当窓口に専門家不在
3. 不明確な自治体の独自性
4. 自治体によって異なる福祉サ−ビスの実施方法
■4.身体障害者手帳取得問題の継続調査
ソーシャルワーカーが関わったケースのフォローアップ・モニタリングを通じてプライバシーの問題や福祉サービスの適用、運用上の地域差、有効性、問題点などについて評価し、必要に応じた介入方法を検討した。
その為、この調査を1年間継続し、手帳申請の流れに沿って改めて場面ごとに整理を行なうこととした。
問題点の整理 1. 手帳申請の流れに沿った場面設定
(1) 市区町村福祉課の窓口相談
(2) 指定医に診断書を依頼
(3) 申請手続き
(4) 身体障害者手帳の取得
(5) 制度利用
(6) その他
2. 場面毎に問題点を整理
3. 問題点の解決の為の対策を設定
■5.身体障害者手帳取得にまつわる問題
身体障害者手帳取得に纏わる問題の継続調査から、以下の6点が問題として考えられた。
その中で、医療機関の対応にも問題があることがあきらかになった。個人情報が漏洩することを前提とするばかりに、感染者の市区町村福祉担当窓口へのアプローチを妨げられたり、性感染者の手帳取得を否定する発言をし、手帳申請の診断書作成を拒否したり、ソーシャルワーカーの活用を勧めなかったり、制度の間違った情報が伝えられたり等の問題である。
また、「福祉サービスの利用毎に、手帳の提示が必要であること」や「HIV感染者であることによる福祉サービスの制限」、「自治体によって異なる福祉制度」、「手帳制度の在り方の問題」、「行政、医療機関に福祉の専門家が配置されていないこと」、「プライバシー保護の為の法律をはじめとする法の未整備」などの問題があることが明らかになった。
身体障害者手帳取得にまつわる問題 1. 国民の公務員への信頼の欠如
2. 偏見
3. 知識不足
4. 制度と手続き方法の問題
5. 専門家の不在
6. 個人の解釈に委ねられたプライバシ−保護
■6.問題に対するアプローチ
このような問題に対するアプローチの前提として福祉の専門家の配置、法の整備が必要とされるが、当面の課題としては、コンサルト先の確保が急務である。
問題に対するアプロ−チ 1. 市町村に対する事前のリサーチとアプローチ
2. 知識習得の為の研修方法・内容の検討
3. コンサルテーション
4. ソーシャルアクション[注]
[注]ソーシャルアクション:社会福祉の諸課題やニーズについて、社会的に認識が十分でない場合、住民や福祉関係者の組織化を行ない、世論にアピールしたり、ときには立法機関、行政機関に働きかけたり、陳情したりすることによって、社会福祉の充実に向けた活動を行なう方法。社会活動法とも言う。
■7.参考となる政策・通達等
これは、プライバシー保護の観点と福祉サービスの知識習得の面から参考となる政策、通達をまとめたものである。サービス提供上、重要なものは、今のところ左記のようなものである。
参考となる政策・通達等
- 感染症の予防及び感染者の患者に対する医療に関する法律:第3条 第67条
- 地方公務員法:第34条 第60条
- 国家公務員法:第100条 第109条
- プライバシ−保護に関する自治体の内規
- 平成8年7月17日障企第20号「身体障害者認定事務の運用について」
- 昭和62年9月1日社更第206号「更生医療担当医療機関の指導について」
- 平成10年3月4日障精第19号「更生医療担当医療機関の指定について」
- 平成10年4月8日障第230号「ヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能の障害者に対する更生医療給付について」
■8.まとめ
平成10年6月、「社会福祉基礎構造改革について(中間のまとめ)」が公表されるなど時代の大きな転換期を迎えている。この基礎構造改革のねらいは、「措置から契約へ」の改革であり、自己の意思と責任による決定へとその制度利用を変えることにある。
契約とは、社会生活において権利関係を定める重要な行為である。契約が有効に成立するための要件としては、「契約内容が確定・実現可能であり、適法であること」、「社会的妥当性を有すること」、また「効果の帰属主体が権利能力を有すること」、「表意者の意思・行為能力等」が挙げられる。
福祉サービスの法律上の位置付けは存在しながらも、市区町村福祉担当職員の知識や、解釈、対応によってサービスが存在しない、サービス利用の実現が困難となってしまうことは、契約内容の曖昧さから契約が成立しないことを意味する。
一方、行政の事務職採用により職員の異動が頻繁な公務員の状況に於いては、事前のリサーチとアプローチを永続的に行なわなくてはならないことを意味する。
この問題を解決するには、窓口の専従の職員の配置が急務である。
また、効果の帰属主体として感染者が権利能力を有していくには、権利擁護の仕組みを整え、サービス利用を支援する仕組みの導入が必要となることから、感染者の代弁機能を持ち、福祉の制度に精通しているソーシャルワーカー、我が国においては社会福祉士を配置することが必要である。
厚生省は障害者を対象にケアマネジメントの導入を検討しているが、障害者のケアマネジメントでは、介護や介助だけではなく、教育や就労など社会参加に必要な支援、サービス利用を後押しするのが特徴とされている。ケアマネジメントは、地域の社会資源の不足状況を把握し、社会資源を開発・修正することもその機能としてとらえられていることから、障害者のケアマネジメントの対応への準備として、今回報告させて頂いたプライバシーの問題や福祉サービスの適用、運用上の地域差、有効性、問題点について継続して評価しながら、障害者プランに反映させていくことが重要である。
とりわけ、各種サービスの指標となる身体障害者手帳の在り方は、プライバシー保護の観点から、カード化を進める声が高まっており、当会としては、現存する手帳の他、利用可能な福祉サービスのみが記載されたサービス手帳の導入へのソーシャルアクションが重要と考える。
今後の課題 1. 福祉の専門家の配置(市区町村・医療機関)
2. 身体障害者のケアマネジメントの対応への準備
3. 身体障害者手帳のサ−ビス手帳導入の必要性※当調査研究はエイズ学会「ソーシャルワークI」のセッションでも本橋氏が報告されました。