2001年の東京(北区王子)に続き、第16回日本エイズ学会が名古屋(名古屋国際会議場:名古屋市熱田区)で開かれた。会期は2002年11月28日〜11月30日までの3日間だった。今号と次号で報告を掲載していく。
まず、ANGEL・LIFE・Nagoyaの河村昌伸氏による発表の全文をご紹介したい。二日目に行われたシンポジウム「ゲイコミュニティとエイズ」(座長:市川誠一[神奈川県立衛生短期大]、木原正博[京都大])の中で河村氏は地元名古屋での、GayによるGayのためのHIV予防活動について、その立ち上げから今後の展望までを話された。
■一軒のお店からのスタート
ANGEL・LIFE・Nagoyaの河村昌伸です。本日は名古屋におけるGayコミュニティのお話をしたいと思います。
名古屋におけるGayのエイズ対策として重要な事は第一にコミュニティです。名古屋でのGayコミュニティのスタートは本当に小さなコミュニティ、Gay Barという一軒のお店からのスタートでした。
私はGay Barを営む関係上、お客様のプライベートな部分に触れることも多く、Gayとしての他人に話せない相談事などを受ける事も多い立場にあります。ここ数年、HIVで友人を失っている経験などもあるためか、HIV感染などの相談を受ける事も多くなりました。
そうした日々の中、ある時、HIVに感染したお客さんが相談にきました。誰にも相談する事もできず悩んだ挙句に私の所に話にきました。彼の姿は余りにも痛々しいものでした。彼の苦悩は立っているのがやっとな程でした。
私の中でずっと燻っていた何かが起き上がりました。私自身Gayであり地方名古屋で10代の当時からGayとして多くの人たちと接し、人への思いやりや接し方、沢山の事を先輩のGayの方達に教えて頂きました。この私を育ててくれた地元名古屋でGayの人たちと接していく中で、このままでは…という気持ちが大きくなり始めていました。
そこで同様の思いを抱くGayの友人数名とANGEL・LIFE・NagoyaというGayによるGayの為のHIVの予防啓蒙チームを作ると共に、「HIV・AIDS」、Gayの間で避けて通れない事ではありますが、出来れば耳を塞ぎたい話。そんな事を月に一度「Gayの為の勉強会」と題した集まりを通じて発信することになりました。少しでも解りやすく、且、楽しく学べる環境が必要だと考えたのです。
■月に一度、勉強会を開催
Gayの為の勉強会では、国立名古屋病院の内海眞先生を講師の先生として参加して頂き、HIV・AIDSの事だけでなく、性感染症全般のお話をしていただくと共に、アフリカでのHIV・AIDSへの活動体験談など、今まで経験した医師の立場から、普段の生活の中では中々聴く事のできないお話などをして頂いております。
当初、内海先生御自身は勿論、Gayではありませんので、話を聞きに来られるGayの人たちが抵抗があるのでは、またGayという事が差別的な情況で研究に利用されるのでは、など心配ではありました。しかし、内海先生の純粋な医療への考え方など、御人柄でしょうか、すんなりGayの皆に溶け込まれ、現在では皆の頼れる良き相談者であり、また良き理解者となっています。
そして、内海先生の協力なども得て、少しでもHIVの予防になるよう、Gay Bar向けに啓蒙資材、主にコンドームやHIVを取り上げた小冊子をつくりました。Gay Barの大半が「営業の中でHIVなど重たい話をする訳にはいかない」と言う状況での大変なスタートでした。
そして何度も各Barに足を運び、Gayコミュニティの中心にあるBarの顔である店主自身が中心になって伝えていかなければいけえないのだと言うこと、またその中心である店主自身がきちんとした知識を持っていなければ、お客様に相談や質問をされた時の対応が出来ないのだという事を話し合いました。
■Gay Barとのコミュニケーションの難しさ
ここで、ここ名古屋という中堅都市でのGayコミュニティの中心であるGay Barとのコミュニケーションの難しさの例をあげ、日本における中堅都市でのGayコミュニティの難しさを知って頂きたいと思います。
まず第一に名古屋と言う地域は、東京などに比べると遙かにGayへの偏見や差別も多く当然の事ではありますが、Gayの情報も一般的には殆ど解放されてはいません。その為、Gayコミュニティに関しても、まだまだ開けてはいなく、解放的ではないのです。
(1) Barは経営者の生活の基盤
とりわけBarへのアクセスやコミュニケーションと言うものはとても難しいのです。何故か? Barの経営者自体が本質的に、そこが生活の基盤であり、店の主で、商売であるからです。
(2) 客商売だから面と向かっては断らない
勿論、無料でコンドームを提供してくれて、ケースまで用意されていて、その上、提供する側が、頭を下げてお願いする訳ですから、面と向かって「いりません」と言うお店は殆どといっていいくらいありません。客商売の店主だからです。ある意味、「いりません」とはっきりとした意思表示で答えて頂いたお店は今後、理解さえ得られれば逆に協力店になったりする例もあります。
(3) 継続した、空気を読む対応が必要
Barへのコミュニケーションで怖いのは一度設置を許可してくれたBarへの対応なのです。
同じ顔の人間が半年、1年と継続して、まず顔を覚えてもらい、尚且つ2名〜3名の単位で配布をする事が好ましいのです。
配布にかける時間は一軒に対して10分以内がベストで有ると思われます。1〜2名が配布資材の補充役として徹します。もう一人がコミュニケーション役としてお客様とではなく、お店の方と、軽い会話を交します。
例えば「いつもお世話になります」「今日は本当に寒かったですね〜」「そう言えば、ご存じですか? そこの先のスーパーで今××がお得なんですよ」などと、HIVに関する話以外の話で10分間を過ごし、後は全員で失礼しましたと敏速に引き下がる。
コミュニケーション役の人はBar自体の空気を読める者でないといけません。Gay Barと言う場所は、お客様が、それでなくとも色々な問題を抱えて扉をくぐる事が多いのです。その場に流れている空気が読めないと、発言の中で失敗する可能性があるからです。
直接、お客様となるべく接しない。相手側から話しかけられた場合、無視をするわけには行かないので、あくまで、コンドーム・啓蒙などの事以外はさらりと流す必要があります。ましてや、お客様から色気絡みの質問や、お話があっても、軽くかわす配慮が必要です。
自分達が去った後にそのお客様から「あの人は何処に飲みに行ってるの?」なんどと聞かれたりで、他店のBarを紹介する事になるため、お店によっては、かなり嫌がられます。Bar同士が全て仲が良いとも限らないのです。
(4) 当然、多種多様の損得が存在している
そして、全てのお店のオーナーがそうだとは言いませんが、Barのマスターというものは、経営者であるという事を忘れてはいけません。当然の事ながら、多種多様の損得がそこに存在するのです。
例えば…
例1「こう言う事って、好きじゃないのよね〜」
例2「HIVとかAIDSとかって言葉を店で出したくないのよね〜、重くなるわ〜」
例3「ここに置いてあったら、私だってゴムしたくないのに、しなきゃなんないじゃない!」
例4「こう言う形状の物って、うちの店のイメージに合わないのよね〜」
例5「なんだか、SEX前提が、むき出しで好きじゃないわ」
例6「押し付けがましいわ」「いらないお世話なのよねぇ〜」
例7「こういう事をやってる人、偽善ぽくってホントは好きじゃないから協力したくないんだけど…」
例8「これって、無料って言われたけど、いつかは買うハメになるんじゃないかしら? 今まで無料で貰ってて、有料になったら要らないっていえないじゃない?」
例9「他のお店が置いてるのに、うちだけ要らないって言えないわ…」
例10「普段、お客さんでもないのにどうかと思うよ」
などなど、直接、耳に入らないような事が、当たり前の様に言われてきました。しかし、直接スタッフに届く言葉は…「いつもご苦労様です〜」「大変ね〜。頑張ってください」などなのです。
こう言った考え方を、変えてゆく事はかなり至難の業だと思います。Barへの対応は当事者に直接聞こえてこない中傷等が多い為、神経を使います。
コミュニティに入り込んだと言えるまでには、コンドーム等の資材を配布し始めてから、最低、以上の事が継続して行われ、2年以上の年月を要すると思われます。
■同じ立場同士だから本音の部分も聞けた
名古屋で、こう言った事が比較的、早い時期に緩和に運ぶ事が出来た要因の一つは、私自身も古くからこの街でGay Barの経営者という立場であり、他のGay Barのマスターと直接、話をする機会を多く持てたという事でした。
要するに、同じ立場、Barの経営者と言う立場同士での話し合いがもてたからなのです。本音の部分も聞かせて頂けたのは、本当に良かったと思っています。
本来であれば、スタッフにもう少し、お店関連の方が入っているほうがコミュニケーションがスムーズに行くのですが、みなさん夜の営業と言う事もあってなかなかそういう訳にもいきません。
何よりも、ボランティアで参加してくれているGayの皆さんの暖かく前向きな損得なしの活動によるタマモノだと思います。コンドームや小冊子などの啓蒙資材をマメにBarなどをまわり、周りとのコミュニケーションを密にし、現在の環境を作ってくれました。彼らの活動力に本当に頭が下がる思いです。
今では話し合いも多く持たれるようになり、徐々に浸透して行く意識、協力店などが増え、名古屋のGay Barの殆どに協力を得られるようになり、啓蒙資材などの置き場等も、お店側自体がお客様に受け取り易いよう考えて頂けるまでになりました。
そして、2001年6月、Gay Barの大半が集まる、名古屋のBar密集地帯、栄町は女子大小路の中央に位置する池田公園をメイン会場に、NGR(NAGOYA GAY REVOLUTION)というイベントを開催しました。
■正直な気持ちと理屈でなく、思いを手紙に
このイベントに関しても当初、イベントの協力を各Barのマスターなどに要請したところ…「名古屋では無理だ」「その様な無利益な事には賛同できない」「うちは、ちょっとねぇ…」「巻き込まないで欲しい」などと多くの反発や反対を受けました。
何とか理解していただけないかと考えた挙句、私は各お店のマスターに自筆の手紙を書きました。どうしてこのイベントを開催するのかという思いや、今まで名古屋のコミュニティの中で育ててもらった感謝の思いや、これからの名古屋での避けては通れない大切な事なんだという事を正直な気持ちと理屈でなく感性で、思いのたけを手紙に詰め込んで読んでもらいました。
その日から少しづつ反応が変わってきました。「お前がそこまで言うのならきっと大切な事なんだろう」「気持ちは良く解ったよ。大変だと思うができる限りの協力をするよ」「お店を犠牲にまではできないが手伝える限り手伝うよ」「うちでは何をしたらいいのかな?」そんな形で少しづつ反応が返ってくるようになり、イベント終了時には「来年も頑張ろうね」「来年も声をかけてね」「来年はこんな事がしたいね」そんなありがたい言葉をいっぱい頂きました。
イベントは、HIVの無料検査(翌日には検査結果を貰える。NL33号参照)をメインとし、平行して、ゲームやフリーマーケット、協賛店では昼間のCAFEや写真展、作家展、勉強会、トークショー、GayのアーチストによるHIVメッセージを含んだ音楽イベント、夜にはHIV啓蒙を含んだ300人規模のパーティーが3会場で行われるなど様々なイベントがノンストップで30時間にわたって行われました。
■当初は行政や医師会の戸惑いや反発も
GayのHIVの検査会を行うにあたり、行政とも、多くの話し合いがもたれました。当初、行政にとってあまり触れることの無かった、また前例の無かった事での戸惑いや反発のような物もありました。
しかし、関東や関西での良き例を地元名古屋でも取り入れていただきたいなどと、幾度ともなく、互いの情報の溝を埋めつつ、内海先生の行政への働きなどもあり、最終的に後援協力を得るまでになりました。
現在では「僕らのとなりのHIV」等、啓蒙用の小冊子の名古屋版なんどの資材の提供協力などもして頂けるまでになりました。
また、検査会場となった愛知県医師会館では、当初、一部の医師の中には、会場内で血液が一滴でも落ちたら、会館が汚される、などの医師として考えられないような意見もありましたが、行政同様、幾度かの話し合いがもたれ、理解と協力を得ることができ、会場として使用させていただく事が出来ました。
■3つの町内会が「とても良いこと」と快く協力
総合会場となった池田公園がある町内会は公園を囲むように3つの町内会が重なる地区で、3つの町内会全ての許可を頂かなければ公園を使用する事は出来ないと、管理事務所で聞き、全ての町内会に検査会の内容をお話して、協力をお願いしました。
町内会の方々は、自分達はGayではないが、こういった試みはとても良いことだと、快く理解して頂きまして、使用許可をいただけました。2年目となった今年は町内会の方々も、「頑張ってください。イベントを楽しみにしていますよ」と逆に励ましていただき、本当に嬉しいお言葉でした。
まだまだ、HIV・AIDSに関しても、Gayと言う事に関しても、現実には多くの差別などがあり、理解、協力には多くの話し合いが必要であると現場にいる私達は痛感致しましたが、多くの話し合い等がもたれることにより、少しづつではありますが、明るい方向へと開かれて行くように思いました。
■コミュニティの新しい大きな一歩を踏み出した
そして当日、名古屋という閉鎖的な場所でのHIV無料検査に対してスタッフ一同、本当にGayの皆が検査に来るのだろうかという大きな不安がありました。
初年度でしたので、名古屋では100人もくれば上等であろうとのスタッフの期待を嬉しく裏切り、結果は、150人分用意された検査キットが足らなくなり、検査を受ける事の出来ない人達が多数出てしまうほどの反響でした。
意識の高さを感じ、名古屋のGayのパワーを感じることが出来ましたと共に、名古屋のGayコミュニティの新しい大きな一歩を踏み出したと思いました。
そして今年2002年6月、2度目の開催では、殆どのGay Barが協力店となり、また一般飲食店もワンコイン広告の形で参加する地域一体型のイベントとなり、昨年以上に一般の人達とGay、Lesbianの人達が楽しめる空間になったと思います。
HIV無料検査では昨年の倍の300人分の検査キットが用意され、昨年同様それを上回る検査希望者が押し寄せ、昨年以上の意識の向上を感じる事が出来ました。
現在では、名古屋の大半のGay Barで、コンドーム、HIV予防啓発小冊子を手に取れるようになり、一歩一歩Gayコミュニティの中に浸透しつつあります。
名古屋のGayコミュニティは今まで以上に暖かいものに変わりつつあるように感じます。一人一人からの思いやりのコミュニケーション。その先にあるコミュニティ。様々な対策のその前に、肌で感じられるコミュニティが大きな力になるのだと思います。
今後とも周りの人達との力を合わせて対人間の思いやりの気持ちを忘れない、地道な活動を継続していきたいと思います。
ありがとうございました。[河村昌伸]
<おすすめ書籍>
『同性パートナー 同性婚・DP法を知るために』赤杉康伸・土屋ゆき・筒井真樹子編著、社会批評社
河村昌伸氏インタビュー「パートナーと養子縁組をして」掲載 bk1で探す amazonで探す