「エイズボランティア講習会」は東京都衛生局の主催で95年10月19日〜21日までの計3日間の日程で開催されました。講座の中で特に興味深かった内容をピックアップしてご紹介したいと思います。
この「エイズボランティア講習会」は毎年、東京都衛生局が行なっているもので、今年で4回目です。講座は全部で6つありました(図1参照)。
また、参加申込みは各ボランティア団体に通知が来て、団体毎にするようになっているので、一般への告知はしていないようです。来年度も開催されるようですので、今回参加しそびれてしまったあなたも来年はぜひご一緒に参加しましょう。
なお、この原稿は僕のメモをもとに書いていますので、間違いなどがありましたらごめんなさい。また、質問やご意見などがありましたらお知らせください。
■治療・健康管理 岡慎一
リンパ球の多くはリンパ節にある
- 血液中にあるリンパ球[注1]は全体の2%に過ぎない。残りのリンパ球はリンパ節にある。リンパ節の中のジャーミナルセンター(胚中心)と呼ばれる部分の中にHIVがいる。ジャーミナルセンターが壊れて、居る場所がなくなるとHIVは血液中に戻ってくる。だから、HIV感染症[注2]の末期にはリンパ節が腫れず、血液中のウイルス量が増える。
日和見感染症(CD4数200以上)
- 感染初期(初期急性期[注3])にCD4数[注4]はだいたい600ぐらいまで落ちるのが一般的。
- CD4数が200までの時期に起こることのある日和見感染症(合併症)[注5]には帯状疱疹[注6]、アメーバ性肝膿瘍[注7]、肺結核、カポジ肉腫[注8]がある。
- 帯状疱疹は痛みが我慢できれば外来で治療する。アシクロビル(商品名:ゾビラックス)という抗ウイルス薬を点滴するか内服する。
- アメーバ性肝膿瘍は毎日40度ぐらいの発熱がある。診断がつけば2週間で治る。
・HIV感染者の結核のレントゲン像は免疫が正常な患者の像とは違う型をとる。アメリカでは多剤耐性結核の存在が問題になっている。
- カポジ肉腫は最近増えてきた。患者が一番嫌がる日和見感染症(合併症)の一つだが、コントロールしやすい(インターフェロン[注9]を使う)。
- 日和見感染症であるカポジ肉腫はヘルペス属のウイルス感染によって起こり、悪性リンパ腫はEBウイルスの感染によって起こる。
その他の日和見感染症について
- アフリカでは約7割の人が結核でエイズが発症し、アメリカ・ヨーロッパ・日本では約5割の人がカリニ肺炎[注10]でエイズが発症する傾向がある。
- カリニ肺炎は呼吸困難息、せき、発熱といった症状がある。エイズ診療に慣れていない医療機関では、レントゲンで異状がみられないので風邪だと診断され、帰宅を促されることがある。教科書的にはカリニ肺炎患者のレントゲン写真は「スリ硝子状」だが、そうなってからでは手遅れ。カリニ肺炎だけで死ぬことはまずなく、治療すれば100%治る。しかし、治療しなければ100%死ぬ(自然治癒はない)。また、一次予防[注11]も可能。
- 口腔カンジダはカビの一種だが小さい病巣が2、3個できたら治療する。2、3日で治る。見た目は派手だがコントロールしやすい。
- 単純ヘルペスは抵抗力(免疫力)が弱ってきたらバカにできない病気。アシクロビル(商品名:ゾビラックス)を使う。
- サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎は放っておくと失明してしまう。CD4数が100を切ったら定期的な眼底検査を必ず行う[注12]。
- カリニ肺炎の発症はCD4の数に依存しているが、CMV感染症の発症はCD4だけではなくCD8[注13]の数とも関連している。CMV網膜炎ではCD8数が500以下になると、CMV肺炎ではCD8数が200以下になると発症の可能性が出てくる。CD8数を上げるための治療はまだあまり進んでいない。
- エイズ脳症[注14]になると暴れるのではないかと誤解している人もいるが、実際は全く逆で、自発性が低下し寝たきりになる。進行がわりと早く、手ごわい日和見感染症の一つ。
チェックリストをもとに除外診断をする
- 合併症が複数おこっている場合があるので一つの診断だけで終わらせるのではなく、チェックリスト(カリニ肺炎、トキソプラズマ、クリプトコッカス、CMV、MAC[注15]等の合併症について予防の有無、抗原、抗体、CT、MRI、PCR、脳脊髄液等をチェックする)をつくり、他の合併症の除外診断を行う。
おとなしいウイルスと悪いウイルス
- 病状の進行を規定する因子には大きく2つある。一つは進行を遅らせるホスト側因子で、細胞性免疫[注16]と液性免疫(中和抗体)[注17]からなる。
二つ目のウイルス側因子(病状を進行させる)には「ウイルスの量」と「ウイルスの質」がある。量を減らしていくための抗HIV薬[注18]による化学療法を行うとともに、質の方もみていく必要がある。
巨細胞をつくるウイルス(SI-virus)は悪いウイルス、巨細胞をつくらないウイルス(non-SI-virus)はおとなしいウイルス(図3)。
アミノ酸の11番目がRに変わると悪いウイルスになる。悪いウイルスはCD4数が保たれている時期に出現し、このウイルスの出現後、CD4数は急激に低下する。末期になると悪いウイルスはまた減っていく。それは体内の免疫が頑張っているから。
SI-virus | non-SI-virus | |
---|---|---|
巨細胞 | つくる | つくらない |
増殖 | 早い/たくさん | 遅い/少ない |
感染指向性 | T株細胞 | マクロファージ |
分離時期 | 悪化期〜末期 | 常時分離 |
■注釈
[1]リンパ球 白血球の一種で、体をウイルスなどの微生物から守る免疫が正常に機能するためにはとても重要な細胞。骨髄で作られ、リンパ節内や血液中などに存在する。多くの細かな種類があるが、大きくT細胞とB細胞の2つに分けられる。本文に戻る [2]HIV感染症 HIVに感染した状態。感染直後に風邪に似た症状を示したり、首のリンパ節が腫れたりすることもあるが、これといって特徴的な症状はない。進行すると、免疫力が低下し、各種の日和見感染症を引き起こす。
本文に戻る [3]初期急性期 感染直後の比較的症状の激しい時期。
本文に戻る [4]CD4数 その人の免疫力を表す指標の一つ。CD4とは免疫全体をつかさどるヘルパーT細胞の表面にある抗原(名札のようなもの)のことだが、この抗原を持つ細胞(ヘルパーT細胞など)をCD4またはT4と呼ぶこともある。CD4数と言った場合には、CD4を表面に持つ細胞の数をいう。成人の正常値は600〜1400/μlであるがHIV感染症では徐々に減少し、エイズ発症時には200以下にまで減少していることが多い。
本文に戻る [5]日和見感染症(合併症) 免疫力が正常な人では問題にならないような病原性の弱い微生物が、免疫力が衰えると害を及ぼすようになる。これを日和見感染症と言う。HIV感染症に付随して起こることから、HIV感染症の合併症といわれることもある。現在日本では、HIV感染者がカリニ肺炎をはじめとした23種類の日和見感染症のいずれかを発症した場合に、エイズが発症したと言っている。
本文に戻る [6]帯状疱疹 以前に感染した水痘(みずぼうそうのこと)ウイルスが脊髄の中にある神経細胞の中に潜んでいて、免疫力が衰えるとそのウイルスが活動を始め、皮膚に帯状のみずぶくれを作る。非常に痛い。エイズ以外の場合にも時にみられることがあり、これだけではエイズと診断されない。
本文に戻る [7]アメーバ性肝膿瘍 通常はアメーバ性赤痢(赤痢とは、粘液と血液の混じった下痢のこと)を起こす赤痢アメーバが肝臓に侵入し、強い炎症を起こすこと。膿瘍とは、いわゆる「うみ」のこと。
本文に戻る [8]カポジ肉腫 悪性腫瘍の一つ。皮膚や消化管粘膜に発生しやすい。
本文に戻る [9]インターフェロン 体の中の細胞が作る物質の一つで免疫力を強くする作用や抗がん作用、抗ウイルス作用をもつ物質の総称。大きくα、β、γ型に分けられ、合計20〜25種類あり、それぞれ構造が違う。
本文に戻る [10]カリニ肺炎 ニューモシスチス・カリニという真菌に近い微生物によって起こる肺炎。PCPと略記することもある。ニューモシスチス・カリニは、ごくありふれた微生物で、ほとんどの人が肺の中に持っている。免疫力低下により活性化して肺炎を起こす。
本文に戻る [11]一次予防 予期される疾患について症状が出る前に前もってしておく予防のこと。カリニ肺炎についてはCD4数が200以下になった際に行なわれる。 また、二次予防とは再発予防のことで、トキソプラズマ脳症、CMV感染症、クリプトコッカス症などについて行なわれる。
本文に戻る [12]眼底検査を必ず行う 医師が糖尿病患者に適切な治療を行なわなかったために患者が失明したら、医師が責任を問われるのと同様、今後はCD4が100以下の患者に眼底検査をしなかったために失明を招いた場合は医師の責任が問われることになるだろうと、指摘するエイズ診療医もいる。
本文に戻る [13]CD8 CD8はT細胞の一つであるサプレッサーT細胞の表面にある抗原のことだが、この抗原を持つ細胞(サプレッサーT細胞など)をCD8またはT8と呼ぶこともある。CD8数といった場合には、細胞の表面にある抗原の数ではなく、CD8を表面に持つ細胞の数をいう。HIV感染者では感染初期から中期はむしろ増えるが、発病頃には急激に減ってしまう。
本文に戻る [14]エイズ脳症 HIVが神経のグリア細胞の中で増え、2次的に炎症が起こり、神経細胞が死んで脳が萎縮し、痴呆や様々な神経症状を示すもの。エイズの末期の合併症。AZTは脳にも到達するので予防効果があるかもしれない。
本文に戻る [15]MAC 非定型抗酸菌症の略称。結核菌の仲間である細菌の感染によって起こり、結核に似ているが、結核の治療薬が効かないことが多い。クラリスロマイシンという薬を使う。
本文に戻る [16]細胞性免疫 T細胞が中心となって、異物を排除しようという免疫の仕組み。ウイルスに感染された自己の細胞自体を破壊することもある。
本文に戻る [17]液性免疫 抗原に抗体という蛋白質がくっつくことによって、抗原を排除しようとする免疫の仕組み。抗体は、血液を血球(赤血球、リンパ球など)と血清に分けた場合、血清という液体の部分に存在するので、液性免疫という。T細胞を介してB細胞が抗体を作る場合(1回目)と、B細胞が直接反応して作る場合(2回目以降)があり、2回目は1回目よりも素早く大量の抗体が産生される。 抗体には、中和抗体と非中和抗体の2種類があり、ある感染症について一度中和抗体が産生されるようになると、その感染症は治癒(病気が治ること)し、同じ感染症には2度と感染することはないが、すべての感染症について、中和抗体が産生されるとは限らない。例えば、HIVやC型肝炎、梅毒などに感染したとき産生される抗体は中和抗体ではない。また、B型肝炎の場合には、中和抗体(HBs抗体等)と、中和抗体ではない抗体(HBc抗体等)の2種類が存在する。
本文に戻る [18]抗HIV薬 HIVに対して効果のある薬。ウイルスの生活ぶりを考えて、その中のHIVに特別なあるステップを邪魔してウイルスを大人しくさせる薬。1996年2月現在ではAZT、ddI(承認済み)、ddC(承認待ち)、D4T(治験中)、3TC(間もなく治験開始予定)等、逆転写酵素の阻害剤が多い。第二世代の薬としてHIVプロテアーゼ(蛋白分解酵素)阻害剤の研究開発も進んでいる。
本文に戻る [19]治験 治療試験の略で、ここでは新薬が承認されるために必要な臨床試験(トライアル)のことを指す。条件に合う特定の被験者に薬を投与して効果や副作用を調べる。その試験結果によって承認されるかどうかが決まる。
本文に戻る [20]口腔管理 口の中の健康管理。虫歯・歯槽膿漏などの歯周疾患を予防し、早期発見・治療をおこなうこと。
本文に戻る [21]HIV陽性者 HIV抗体陽性者のことでHIV感染者・エイズ患者を指す。他にもPWA、PWA/H、PHA(People with HIV/AIDS)という呼び方がある。
本文に戻る [22]無症候性キャリア(AC) HIV抗体陽性で、体内にHIVが潜んでいるが、身体に自覚症状も他覚的所見もない(無症候の)時期の感染者を言う。
本文に戻る [23]ステージ 病状の段階のこと。一般にHIV感染症は症状によって無症候性キャリア(AC)、エイズ関連症候群(ARC)、エイズという3つの段階に分類されている。
本文に戻る [24]患者への感染を防ぐために 診療時の感染対策は医療従事者の防御としてだけ行なうべきではなく、免疫力が低下している患者自身のためという視点で考えていくことも重要。
本文に戻る [25]キンバリー事件 エイズで死亡したアメリカの歯科医師による治療を受けていた人の何人かがHIVに感染していたという事件。これらの患者が感染したHIVと、歯科医師が感染していたHIVの型が一致したという報告もあるが、事件が明るみに出たときには既に歯科医師が死亡していたため、詳しい事情は不明である。
本文に戻る ▼注釈の参考文献
「SHIP NEWSLETTER」
[編集・発行]SHIP(ステイ・ヘルシー・インフォメーション・プロジェクト)
「エイズ・ケア提供者のためのエイズ・HIV病関連用語集」
[編集]広島大学医学部付属病院 高田昇・藤井輝久
[発行]広島エイズ・ダイアル