■医療者も予防的側面にアプローチする必要がある
1994年に国立名古屋病院が最初のHIV感染症患者の診療を始めてから、7年が経過し、この間に151名のHIV感染症患者が当院を訪れた(2001年8月末現在)。新患者数は増加傾向にあり、男性同性間性的接触による感染がかなりの部分を占めている(図1、表1)。この1年半の新患者40名のうち23名がMSM(Men who have Sex with Men)の人達である。
名古屋のNGO、Angel Life Nagoyaが制作したHIV予防啓発用ポスター
名古屋発のお祭りイベントNAGOYA LESBIAN & GAY REVOLUTION 2002(NLGR2002)は6月1日(土)、2日(日)に開催された
厚生労働省のサーベイランスによれば、1996年11月末の統計では、HIV感染症患者5,412名のうち680名(12.6%)が同性間性的接触による感染であったのに対し、2001年6月の累計では8,322名中1,708名(20.5%)が同性間性的接触による感染であり、同性間性的接触による感染が重要な感染経路となっている。
HIV感染が拡大しつつある今日、HIV医療に携わる我々医療者としても、ただ診断・治療のみに係わるのではなく、予防的側面にもアプローチする必要があるのではないかと感じ始めたのである。
■当事者グループと呼応
一方、MSMの間にHIV感染が拡大していることを深刻に受け止め、これを何とか予防しなければならないと感ずる人々が名古屋のMSMの中から出現した。彼らは「Angel Life Nagoya」と名付けられた小さなグループ(NGO:Non Governmental Organization)を結成し(2000年4月)、調査活動や啓蒙活動を開始したのである。これまでに、(1)MSMを対象にしたHIVに関する意識調査、(2)性感染症の勉強会(月1回)などの活動を実施してきた。我々国立名古屋病院のHIV医療担当者も自然にこのグループとコンタクトをとるようになり、一部では共同して活動を行うようになった。
■MSMによるMSMのためのイベントに併せて
こうした両者の動きの中で、MSMによるMSMのためのイベント(Gay Revolution Nagoya ; NGR 2001、NL35号参照)に併せて、HIV検査会が計画された。この検査会の目的は、(1)検査を希望する人々にその機会を提供すること、(2)検査に対するニーズがどの程度のものかを判定すること、(3)現在のHIV検査体制に対するMSMの人達の意見を聞くこと、(4)検査の際にHIV感染症に関する正確な情報を伝え予防に役立ててもらうこと、(5)もしHIV感染が判明したら早めに医療機関を受診するように勧め、そこで適切な医療を受けてAIDS発症を予防するとともに以後の2次感染を未然に防止すること、の5点であった。
2001年6月16日(土)、17日(日)の二日間に渡って、HIV検査会が愛知県医師会館で実施された。16日午後3時〜7時に採血と検査を実施し、翌17日の午後3時〜7時に結果を通知するというものである。検査会実施に当たって特に注意を払った点は、(1)受検者のプライバシーを守ること、(2)検査前には検査の説明を十分に行い、理解と同意を得ること、(3)検査結果を間違いなく受検者本人に通知すること、(4)もしHIV陽性者が出た場合、その人に対し十分な精神的ケアーを行うこと、(5)検査前オリエンテーション及び結果通知の際にHIV感染症の知識を伝え、予防に役立ててもらうこと等であった。
■予想以上の157名が来場
検査項目は、抗HIV抗体、HBs抗原※1、TPHA※2の3項目である。抗HIV抗体検査のスクリーニング検査は16日(土)夜に行ない、翌日、愛知県衛生研究所にてウエスタンブロット法による確認検査を実施した。2日間の検査会は国立名古屋病院をはじめ愛知県、名古屋市の職員も含め、総勢33名のボランティアによって支えられた。検査前オリエンテーションは「HIVと人権・情報センター」の女性スタッフ5名が受け持った。
16日(土)には、157名の多数が来場した。検査当日は午後3時の開場とともに多くの方々が訪れ、検査試薬が限られていたこと及び会場使用が午後7時までであったことから、午後5時には検査終了のアナウンスを流さねばならない程であり、予想以上の来場者のため、検査までに1時間以上待たなければならなかった。検査希望者がこれほど多く、かつ検査のニーズがこれほど高いものとは考えていなかった。次回(2002年6月予定)は、今回の経験を活かし、出来る限り多くの希望者が検査を受けられるようにしたい。
参加者の年齢分布と居住地別内訳を図2、3に示す。多くは名古屋市を中心とする愛知県在住者であったが、遠く関東地方からの参加者も存在した。年齢別では、20代、30代の若い層が大半を占めた。検査の結果、4名がHIV陽性、4名がHBsAg陽性、22名がTPHA陽性となり、それぞれに紹介状を手渡し、医療機関を受診するよう勧めた。
現在、HIV感染症はAIDS発症を抑える抗HIV薬の進歩により、コントロール可能な慢性疾患になりつつある。仮にAIDSを発症しても結核やカリニ肺炎などのように治療可能なものであれば、社会復帰することも可能な時代になった。国立名古屋病院に受診したAIDS患者152名のうち、AIDSで亡くなった患者数はわずか6名に過ぎないし、AIDSを発症した人の2/3以上が外来通院もしくは社会復帰している現状である。しかし、コントロール可能となったとはいえ、HIVに感染後、AIDSになる前の出来るだけ早い時期にHIV感染症の診断をすることは感染者の予後の改善に繋がるので、大きな意味を持つことになる。
今回、検査を受けた人々の間では検査会を肯定的に評価する人達が多かった。その要因の一つに、愛知県医師会の先生方のご理解とご配慮により、検査会場として愛知県医師会館を使用できたことがあげられる。愛知県医師会館は名古屋の中心街栄にあり、アクセスが容易であったこと、医師会館であったために安心感があったこと、個別の部屋をいくつか用意できたのでプライバシーが守られたこと、などの点がプラスに働いた。
HIV検査会や前述のAngel Life Nagoyaの活動が真にHIV感染症の予防に繋がるかどうか、については現時点では明らかではないが、長い継続の後には必ず実を結ぶものと考えている。
※1 HBs抗原──B型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus)外被の表面(surface)抗原。HBs抗原が血液中に存在する場合には、体内にB型肝炎ウイルスが存在し、他人に感染させる可能性がある。逆に、HBs抗体が血液中に存在すれば、通常、体内にB型肝炎ウイルスは存在せず、他人に感染させるおそれはない。
※2 TPHA──Treponema pallidum hemagglutination assay。梅毒血清反応の一つ。梅毒トレポネーマそれ自身を抗原として利用し、血液中の梅毒トレポネーマ抗体を検出する方法である。梅毒の特異的な診断法であるが、一度、梅毒に感染すると治癒後も陰性にはならない。このため梅毒の感染の有無を診断するには非常に有効であるが、治療効果や治癒の判定には使えない。治癒判定には別の梅毒血清反応であるSTS等を用いる。
[国立名古屋病院 内海 眞]