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血液──高まる危険性

草田央  

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 21世紀最初の年であった昨年は、日本にとって狂牛病問題が吹き荒れた年であったように思う。
 羊の「スクレイピー」という病気が、肉骨粉を通じて牛に感染したのが「狂牛病」だとされる。この狂牛病がヒトに感染すると「変異型クロイツフェルト・ヤコブ病」になると考えられている。発見者のD・カールトン・ガイデュシェック博士がノーベル医学賞を受賞したのは、一九七六年のことであった。
 感染因子は「異常プリオン」というタンパク質の一種だとする説が有力だ。この異常プリオンの発見で、スタンリー・プルシナー博士はノーベル生理医学賞を受賞している。一九九七年のことである。

 ■日本人全員が「ハイリスク・グループ」に?

 クロイツフェルト・ヤコブ病は、医療行為を通じてヒトからヒトへも伝播することが知られている。角膜や硬膜移植、ヒト成長ホルモン剤などによって、多くの感染被害が生じた。(空気、経口、性行為などでは感染しない。)
 輸血による感染の可能性も、一九七八年から指摘され続けている。最初はモルモットを使った動物実験で。次はリスザル、マウス。一昨年には羊から羊へ輸血を通じて感染させることに成功し、輸血感染の確証は高まってきている。
 こうした情報を受けて日本でも、一九九七年にあいついで血液製剤が回収された。献血者がのちにクロイツフェルト・ヤコブ病と診断されたためだ。ただし、製剤のほとんどは既に投与済みであったと言われる。現在は、散発的に発生する弧発性のクロイツフェルト・ヤコブ病では輸血感染の可能性が低いとの仮説に基づき、回収は行なわれていない。輸血感染する可能性の高い変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は、日本では一例も発生していないとされているからだ。(しかし今年、マウスの実験により、弧発性のクロイツフェルト・ヤコブ病であっても、輸血感染しうるとの指摘があらわれてきている。)
 日本での輸血による変異型クロイツフェルト・ヤコブ病感染を防ぐため、イギリスをはじめとする狂牛病多発10ヶ国に一九八〇年以降、通算六ヶ月以上滞在したことのある人は、いわゆる「ハイリスク・グループ」として献血から除外されることになっている。(六ヶ月に科学的意味はないという。この程度なら献血確保に支障が生じないとして定められた海外の例にならっただけである。)
 血液検査により異常プリオンを検出することは、現在のところ不可能だ。危険性の排除は、問診によってしかできないのが現状である。
 「狂牛病多発国」の定義は定かではないが、累計20頭以上の発生国が指定されているようだ。日本は既に三頭発生している。日本も「狂牛病多発国」の仲間入りする可能性は高いと言わざるを得ない。その場合、現在の基準に従えば、日本に「一九八〇年以降、通算六ヶ月以上滞在したことのある人」は献血できないことになる。日本人全員だ。イギリスは、危険な国内血より安全な輸入血液に依存する状況になった。一方日本では、同じ基準に準拠している臓器移植の分野で、基準撤廃の声すらあがっている。献血も、安定供給確保のため安全基準の引き下げが行なわれる可能性は大いにある。

 ■「安全性より安定供給」

 昨年は、血液の供給不足が生じた年でもあった。血友病A患者患者向け第八凝固因子製剤では、遺伝子組み替え製剤である「コージネイト」(バイエル)がシェアをのばしていた。その製造が突然ストップした。FDA(食品医薬品局)の査察と勧告により、安全性向上のため新しい検査を導入したところ、培養液汚染が発覚したためだとされている。バイエル社は、その製品の製造をあきらめ、今年は新しいモデルの製造が始まっている。たとえ安定供給が脅かされても、頑として安全性の向上を決断したわけである。
 日本はバイエル社の対応を非難するとともに、旧製品の在庫を買いあさった。それでも足りないため、日本赤十字社の「クロスエイトM」に増産要請がかけられた。安全性確保のため、それまで原料血漿はすぐに製造工程に入れられず、六ヶ月間貯留されることになっていた。献血者に何か問題があって製品を回収しようにも、投与済みであっては意味がない。そのための貯留期間である。厚生労働省はその六ヶ月の貯留期間を四ヶ月に短縮するよう指示した。つまり、前倒しで生産することにより、一時的な供給不足をしのごうという算段である。文字どおり、安定供給確保のため安全基準を切り下げたわけである。

 ■B型肝炎感染で血液製剤の出荷停止・回収

 その「クロスエイトM」も含む血液製剤の出荷停止および回収が行なわれた。昨年八月に新鮮凍結血漿を輸血された患者がB型肝炎に感染したことが、十二月に判明した。日赤が自慢し頼りにするNAT(核酸増幅法)検査をすり抜けての感染である。短縮された貯留期間の影響かどうかは不明だが、汚染がつきとめられた原料血漿は既に製品化された後だった。日赤の製品は出荷前だったため、厚労省から出荷停止が指示された。日赤は「ウイルスの混入はごく微量な上、ウイルス除去や感染力をなくす処理もしている」として、原料汚染の判明した製剤の出荷の許可を厚労省に求めているという。
 続いて、一昨年九月に輸血された患者がB型肝炎に感染したことが、本年一月に判明した。同じ原料で製造された三菱ウェルファーマ社の製剤の一部は、既に出荷済みであったため、自主回収が指示された。三菱ウェルファーマも安全性を強調するが、日赤のように異論ははさまなかったようである。

 ■白血球除去の方針はいまだ実現していない

 話は再び狂牛病に戻るが、異常プリオンは白血球に付随して伝播するとの仮説があり、それゆえイギリスなどヨーロッパ8カ国とカナダが、白血球除去の規制を打ち出している。アメリカでもガイドラインによって白血球除去が推奨されている。これらの動きを受けて日本でも、当時の中央薬事審議会血液製剤特別部会が白血球除去の方針を決定している。一九九九年六月のことである。
 しかし、いまだ白血球除去は導入されていない。昨年七月三日付『日刊薬業』などの報道によると、薬価を含めた費用面で、日本赤十字社と厚労省とのあいだで折り合いがついていないらしい。全国の血液センターで白血球除去を行なうには、新設備の整備に大幅な費用がかさむのだという。今年二月十六日に行なわれた第十回赤十字血液シンポジウム東京会場では「科学的根拠の更なる蓄積が必要」「コストパフォーマンスが悪すぎる」との声があがっていた。

 ■献血を独占し、血液製剤市場を寡占している弊害

 コストパフォーマンスが悪いのはNAT検査も同様で、それゆえ四月の薬価改訂に向けて日赤と厚労省との水面下での交渉が続いているようだ。
 NAT検査はロシュ・ダイアグノスティックス社が開発したもの。抗体検査より感度が高く、これによりウインドウ・ピリオドの短縮がなされている。この検査料の値上げ要求がきたため、日赤は契約の更新に応ぜず、それゆえ血液製剤の製造が不能になると報じられた。血液を人質にした、なりふりかまわぬ日赤の薬価引き上げ交渉といえよう。献血を独占し、血液製剤市場を寡占している弊害だ。
 ちなみにロシュ社は、一九九九年から二〇〇〇年にかけて試薬を無償提供してきており、いまだ開発投資も回収できる見込みすら立っていないとか。今回の値上げは、一部の特許を持つカイロン社の特許料値上げを反映してのことらしい。

 ■名前だけがさっそく変えられた「血液新法」

 「採血及び供血あつせん業取締法」が改正されるという。いわゆる「血液新法」である。主に安全性に関しては薬事法にて対処するという。輸血による被害者の救済問題は、他のヒト細胞組織等に由来する医薬品等による健康被害の救済問題として扱い、先送りとなった。したがって血液新法は、主に採血と供給に関し現状を肯定するものになりそうだ。つまり、前記のような問題は、何一つ解決しないということだ。
 感染症新法のときは、法律名が変えられ、過去の謝罪を明記した前文が付け加えられ、法律案の本質は何も変わらなかった。その結果、感染症新法の評判はすこぶる悪い。日本は、麻疹(はしか)や結核の感染者が先進国の中で突出して多いなど、すでに「感染症対策後進国」「世界のお荷物」としてWHOなどから目をつけられている。そうした危機的な感染症対策に、何らの解決策も提示できていないのが感染症新法だった。もちろん、感染症新法は輸血感染の予防にも、まったく役立たない。
 血液新法も、さっそく名前が変えられたという。「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律(仮称)」だそうだ。もちろん、変えられたのは名前だけである。

 ■先進国で唯一、献血者のHIV陽性率が増加

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト 昨年、薬害エイズの民事訴訟での和解確認書を受けて、友愛福祉財団による救済事業が終了した。提訴前に作られた制度のため、薬害エイズの被害者に限定しない、血液製剤によるエイズ患者等のための救済事業であった。それゆえ現在、輸血によって新たにHIVに感染したとしても、受けられる救済制度はなくなったのである。
 輸血によるHIV感染を完全になくすことはできていない。それどころか、先進国の中で唯一、献血者のHIV陽性率が増加の一途をたどっており、昨年も記録を更新した(図)。今や「よく管理された売血のほうが安全」と言われるゆえんである。NAT検査によっても、輸血によるHIV感染は完全には避けられず、その危険性はますます増大している。

[草田 央]
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