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「非加熱血液製剤によるHIV感染被害者の健康・医療・生活・福祉に関する総合基礎調査報告」

磯崎一男 

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 ■学会2日目に発表された注目の大規模調査

 エイズ学会2日目の午後、注目を集めていたのが『非加熱血液製剤によるHIV感染被害者の健康・医療・生活・福祉に関する総合基礎調査』(以下、「総合基礎調査」と略)だ。第1報から第9報までの演題が続けて発表された。
 また1日の夜に行われた公開サテライトシンポジウムでも服薬状況に関する部分が発表された。

 ■調査の経緯

 被害救済・恒久対策の実現のためには調査研究による実態の把握と問題の解明、それに基づく政策提言が必要と位置づけた「はばたき福祉事業団」(96年3月にHIV訴訟が和解にいたったのを機に、被害者救済をはかる目的で東京訴訟の被害者が和解金の一部を拠出し設立された)が96年末、研究者に調査研究を依頼。その共同作業として着手されたのがこの「総合基礎調査」である。

 ■対象と方法

 98年5月半ばから、生存HIV感染被害者約500名を対象にはばたき福祉事業団の送付ルートを用いて自記式質問紙(30頁)を配付。無記名回答、密封郵送回収で実施された。98年10月半ばまでの有効回答数は283票、有効回収率約57%だが、9月末までの275票が分析に用いられた(一部除く)。

 ■調査結果の要点

・過半数に日和見感染既往、C型肝炎告知に課題あり

 HIV感染症の状態については、26.4%の人がCD4数が200未満。100未満の人も9.1%だった。血中ウイルス量は検出限界以下(400コピー以下)に抑えられている人は55.3%。CD4数が200未満の人では血中ウイルス量が一万コピーを越える人が26.5%を占めていた。
 何らかの日和見感染症の既往のあった人が53.4%。肝炎の既往のある人は49.6%、肝硬変にまで進行している人も5.1%にのぼった。しかし一方でC型肝炎ウイルスの感染有無が「わからない」も約1割あり、C型肝炎の告知が不十分であるとも考えられた。
 1ヶ月の間の身体的な症状としては「疲れやすい」(65.8%)「皮膚の湿疹・かゆみ・できもの」(60.7%)「下痢」(60.0%)を6割以上の人が経験していた。また「口内炎や口の中の痛み」(37.5%)「口の乾き」(38.2%)「息切れ」(36.0%)「37度以上の発熱」(28.7%)「手足のしびれ・痛み」(26.9%)などの頻度は同世代の一般の人には見られない高さだった。

・身体的症状数が「健康度自己評価」に影響

 現在の健康状態についての自己評価(健康度自己評価)は「まあ良い」(69.5%)が最も多く、「あまり良くない」(17.1%)または「悪い」(2.5%)人は約2割だった。この割合は一般住民の調査の値と大きな差はなく、様々な疾患をあわせもっている人が多いにも関わらず健康度自己評価は悪くなかった。
 しかし、健康度自己評価はCD4数、AIDS発症の有無、身体的症状数と関連がみられ、特に身体的症状が7個以上ある人では、約4割が「あまり良くない」「悪い」と答えていた。身体的症状の数が同程度の人の中ではAIDS発症の有無により健康度自己評価に差がみられず、AIDS発症の有無よりも身体的症状数の方がより強い影響を与えていることが示された。この結果をふまえ、報告書では「AIDS発症や日和見感染症の予防・治療に加えて、身体的症状の緩和がはかられることが重要であると考えられる」と述べられている。

・医療機関が「遠い」4割。通院に片道平均約2時間

 この1年間にHIV感染症や血友病であることで受診を拒否された(1.9%)り、あきらめた(4.3%)りする経験を持つ人が数%いた。HIV感染症で主に受診している医療機関が「遠い」と感じている人は39.6%で、特に関東ブロックで51.7%と突出して多く、この人たちの平均通院時間は片道113.5分にも及んでいる。

・「仲間」からの健康管理の支援がキー

 治療・健康管理のための情報獲得機会の多さは、受診機関の専門性や受診頻度とは関連しないことが明らかとなった。特に医療評価については、患者自身がより主体的に情報を収集して得ていると考えられた。
 感染事実を伝えた人の広がりは、HIVに関連する情報を得る機会の増大と関連があった。主にHIV感染者の友人や患者会、薬害裁判関係の知り合いといった「仲間」からの健康管理の支援がキーになって、主治医に対して積極的に質問できる関係を築くことができているようであることも明らかになったことから、医療への患者の積極的な参加が、医療者によってではなく、インフォーマルなサポートネットワークによって促されている関係にあることが示唆された。

・サポートの有無と服薬状況の意外な関連

 服薬については抗HIV薬を処方されている人のうち、全部服用していると答えた人は66.2%、一部しか服用していないと答えた人が33.8%だった。服薬状況は主に受診している医療機関別にみて全くと言っていいほど差は認められなかった。また年令、CD4数、血中ウイルス量、抗HIV薬の数、精神健康、ストレス対応能力による有意な差も認められなかった。
 サポートネットワークの有無と服薬状況との関連をみると、治療や健康管理のことで相談にのってくれる人に「父・母」「配偶者・恋人」をあげている人はあげていない人に比べて「全部服用している」人の割合が有意に少なかった。また医者や看護婦を支援者としてあげているかどうかでは服薬状況に有意な差は認められなかった。このことから、サポートの有無から服薬状況を判断することは必ずしも妥当ではないと発表者は指摘していた。医師に質問をする人のほうがむしろ薬が飲めていないというデータも報告されていた。

・「有罪認識」と「怒り」、製薬会社、厚生省に9割、血友病専門医に8割

 HIV感染被害者が製薬会社、厚生省などの薬害要因に対してどのような認識と感情を持っているかについては、「責任がどの程度あったか」(有罪認識)、「疑問や怒りを感じた程度」(怒り)がともに強かった(責任は「きわめて重大」「かなりある」とし、かつ疑問や怒りを「強く感じた」「かなり感じた」)人の割合が、製薬会社(93.7%)と厚生省(93.0%)で9割を超えていた。血友病専門医は80.5%、当時の主治医たちが56.1%、テレビ・新聞等のマスコミに対しても42.4%の人が強い有罪認識を持ち、強い疑問や怒りを感じていた。

・就労率は約6割。非就労者の約8割が就労を希望

 HIV感染被害者の就労率は約6割、特に20代男性で5割と低かった。非就労者の約8割が就労を希望していた。自分の就労収入を得ている人は約6割。29才以下では他の年齢に比べて自分の就労収入を主な収入源とする割合がやや低く、健康管理費用・貯金の取り崩しが主な収入源であるとする割合が高かった。
 経済的な暮らし向きについては、今は何とかやっていけている人が多かったが、将来的な不安を訴えている人が6割にもおよんでいた。
 こういった中、救済策の一つである身体障害者手帳を半数の人が受けておらず、調査実施時点では必ずしもこの制度が救済策として役立っているとは言えない現状があった。特に3人に1人が「薬害被害者として救済されるべき」と指摘しており、一般の福祉と医療対策にのみ解消されることへの危惧を表明していた。

<関連書籍>
●『HIV感染被害者の生存・生活・人生 当事者参加型リサーチから』(山崎喜比古・瀬戸信一郎編、有信堂、2000年、2,300円)※「総合基礎調査」の結果等がまとめられている
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