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幅広い分野の人々が集った
第13回日本エイズ学会レポート

うえき たかよし 

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 98年の東京(永田町)に続き、第13回日本エイズ学会も東京(北とぴあ:東京都北区王子)で開かれた。会期は99年12月2日〜4日までの3日間と、去年までより1日延長された。
 例年、エイズ学会は基礎・臨床からNGOと幅広い参加者・発表者が集う。これが一般的な医療関連学会にはみられない特徴でもある。薬の進歩等により「福祉」の視点も登場した。こうした多様性を維持しつつ、発表される内容をより一層、充実させていくことが今後の発展のカギである。
 なお、第14回日本エイズ学会は2000年11月28日〜30日に京都テルサで開催される(会長は京都大学ウイルス研究所の速水正憲教授)。

 ■「福祉」の視点の登場も当然の流れ

 今年のエイズ学会は、私自身はとても面白いものだと思った。恐らく一般的な医療関連学会が考えつかないような幅の広い分野にまたがっていたのがその理由だ。この分野の広さは、国際エイズ会議よりもさらに広いという印象さえ持ってしまう。それだけ幅広い分野に係わる方々が一所に一度に集まるということ自体が面白い。そして、同じ場所で議論していくということも面白い。
 特に特徴的だったのが「福祉」という視点が登場してきていることだ。薬の進歩で長く生きることが可能になってきたから、当然といえば当然の流れだろう。
 さて、以下は私が聞いた演題発表(口頭)のいくつかについての意見である。最初に言っておくが、辛口のところもある。エイズ学会は、まだまだ小さくてひ弱な学会だと思う。この学会が今後、発展するかどうかは、この学会で発表される内容に科学性や研究としての新しさがあるのかどうかという点が充実され、魅力的になるかどうかにかかっていると思う。私の周辺の人達(エイズに直接係わっていない)の何人かは、過去2回程度のエイズ学会に出席して「なんだか、つまらない報告の多い学会。今年はもう行かない」と言ってしまっている。この人と同じような印象をエイズ関係者以外が持つようになると、エイズ学会そのものが「知り合いの集まり」以上の存在にならなくなってしまう。その存在をより発展的なものにするには、そこで発表することに緊張感を持たせる、すなわち発表内容に対する評価と批判が行われることを前提にする必要があると私は思う。今回の私も意見も、辛口なものがあるとすれば、そういう願いとエールを込めているつもりだ。

 ■きわめて重要な「就労」という問題の報告

「HIV/AIDS患者の就労状況について」は、エイズ治療・研究開発センターの池田和子氏による報告である。一九九八年一月から一九九九年六月まで初診で、エイズセンターに定期受診している145ケースを扱ったもの。感染理由は、血友病9.0%、異性間性的接触25.5%、同性間性的接触65.5%。男性89%である。10人が学生、6人が主婦、残りを見ると30例、23.3%が無職だったとのこと。それらの背景として、入院10例、自宅9例、高齢4例、引きこもり3例、その他4例と挙げられていた。
 発表されたデータ自体は興味深い。が、いくつかさらに突っ込むべきところがある。この人達はまず就労したがっているのだろうか? 体力や治療の問題が理由と言えるのか? 他の活動に従事していたりして「仕事しなくてもいいや」というケースはどれくらい? 入院というのは、どれくらいの期間・頻度なのだろう。離職したのか、それとももともと就職していないのか? 年齢との関連は検討したのか? 提示してくれた「就労」という問題は、すでに前のエイズ学会における薬害HIVの報告(LAPニュースレター26号9頁〜参照)で明かにされている点と全く同じで、きわめて重要であるのだが。

 ■サポート資源の活用状況と相談対象への期待

「陽性者のサポート資源の活用状況と相談対象への期待」は野坂氏らによるもの。患者対象の面接調査で、カウンセラーやソーシャルワーカーなど「各専門職の位置付けが困難」という報告で、とても面白い。例えばカウンセラーについては「職能については低い理解だったが実践については高い関心を示している」という。ソーシャルワーカーは、「有益な知識を用いた個別対応をするもの」として期待されている。患者さんがこういった資源を上手く利用することが健康管理に有効であることは想像に容易だ。しかし、各資源が「どういう位置付けのものか」までを自分が決めて行くというのは、あるべき姿ではきっとないのだろうなと思わせられた。もちろん「各専門職の位置付けが困難」という背景に「アクセスしていないから」というものも理由として隠れていると思われる。が、今後大切なのは「私は看護婦、こんなことをする専門職です、よかったら使ってあげてください。」というように、誰が何をするのかを最初に患者に明確に提示して行くことで、患者の負担軽減、あるいは健康管理のしやすさが出てくるのではないかと思った。

 ■社会福祉施設利用時のHIV特有の問題とは

「社会福祉施設を利用しているHIV感染者の現状について」エイズ治療・研究開発センターの大橋まゆ氏による報告。これと、同センター石原氏の「HIV/AIDS患者に対する在宅療養支援の現状と課題」の報告も、どちらもそうなのだが、HIV感染者だから問題になる点というのは、予後が長くなってきたので、福祉・在宅サービス利用者が微増し、感染防御の問題とか差別・偏見あるいは受け入れの問題というあたりで問題になりはじめただけ。その他は事実上別にHIV感染者特有の問題は見当たらないという印象を持った。大橋氏は、実際に福祉サービスを利用している人6名で起こったさまざまな問題点をたくさん挙げていたが、さらに整理してその要因などにも突っ込んで行かないと「たくさんありました、大変です」で終わってしまうのではないかと思う。何が言いたいのかわからなかった。今後さらに発展していただくことに期待したい。

 ■サポートグループの持つ体験的知識共有機能

「サポートグループに関する質的研究:ニューヨーク市ブルックリン地区の事例から」は佐藤知久氏による報告。サポートグループというものが、情報共有機能、特に「体験的知識」の共有というものを有しており、これらを支える形で「参加の自己決定」と「個人情報の保護」があるとしていた。また、共有される体験として「HIVに直接関連するもの」から「直接HIVに関連しないさまざまな困難」まであるという。サポートグループというのものが日本では次第に「患者会」という形で、残念ながら主に病院主導型で作られている。こういったサポートグループが何を意味するのか、またサポートグループに近い存在(たまたま知り合いのHIV感染者、インターネットを通じてやりとりしているHIV感染者など)も大きな意味を持っているのであろうと思われるわけで、それが具体的にどう機能しているのかを、単に「満足感」というものを取るだけではなく、その中身に突っ込んでいるという意味で有意義な報告だったと思う。「体験的知識の共有」というものが、患者の生活の上ではとても重要なわけだが、それはサポートグループというもの以外では得られないものなのだろうか…、とふと考えさせられたりもした。

 ■在宅療養支援の現状と課題

「HIV/AIDS患者に対する在宅療養支援の現状と課題」。石原氏らが同タイトルで以前出版した報告書には「HIV/AIDS患者に対する在宅医療に関しては、今後特別なプログラムを必要としているのではなく、既存の仕組みを活用することによって普及を図っていくことが可能であるということが言えよう」としている。そして、そのためには「感染防御策の提示」「医療者の連携」「在宅注射薬の規制緩和」「精神疾患患者に対する介入方法の検討」「医療従事者・ホームヘルパーに対する教育」というサービス提供者側の改善が必要と結論付けている。すなわち、いずれも基本的にはHIV/AIDS患者に特異的なものというのは実はないのであって、看護領域で感染防御が当初問題になったが、結局HIVだけの問題ではないことが明かになってきたのと同様に、在宅ケアサービスでもHIV/AIDSとは関係なく整備されればよいという結論になっている。
 つまり、サービス提供者側の課題を整理することが重要なのだ。ところが今回の石原氏の発表は患者の支援必要性のタイプ別に分類していた。少々分析が後退したように思え、残念である。
 「服薬指導が大切だから在宅」というような報告をされていたが、それは誤りだと私は思う。そのように言うなら、外来通院は全て広い意味で在宅療養と定義されてしまう。

 ■HIV感染でホモフォビアはどう変容するか

「男性同性愛者・HIV陽性者の社会的孤立の要因を探る〜ホモフォビアの局面からの考察その2」は、HIV感染の事実がホモフォビアをどう変容させるのかを探ったものである。その過程を5つに分けて紹介していた。
 1.告知直後のゆれ、告知が孤立を深める、2.病気の受容と葛藤、3.療養生活の模索、4.セクシュアリティの受容、5.他者との関係性、である。HIV感染によって孤立は一時的に深まるが、自分の感染経路を確認する作業を強いられることにもなり、結果的にセクシュアリティを受け入れて行く…、という経緯は非常に興味深い。
 また、「他者との関係性」は今後、患者の生活について検討していく上で重要なキーワードになっていくだろう。

 ■外国人感染者の心理・社会的ニーズの分析

「外国人HIV感染者の心理・社会的ニーズに関する分析」は神谷氏によるもの。いままでデータとしては明確化されていなかったさまざまな問題を数値化したことで、今後の行政等への働きかけができやすくなったという意味でも評価できそうだ。実は私はこの分野について不勉強なのであるが、外国人のHIV感染者は日本人と比較して女性が多いのが特徴的であり、2人に1人が結婚している。けれども7割が一人暮し、すなわち結婚していても一人暮しという人が多い。そういった中、彼らの場合にはAIDS発症率がとても高いという実情もあるという。
 データが多すぎて、全部フォローしきれなかったのが残念だったが、ぜひプリントアウトされた明確なアウトプットを期待する。

[ うえきたかよし ]


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