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セルフヘルプグループとは? 〜病を持った経験に根ざした理解と共感〜
講師:内藤病院 医療ソーシャルワーカー 鉾丸 俊一 氏 (2006.11) |
渋谷区にある内藤病院で医療ソーシャルワーカー(MSW)をしている鉾丸と申します。よろしく願いします。
医療ソーシャルワーカーは、患者さんが医療費や療養のことで悩まれていたり、精神的な面で何か問題が起こったりした時に、相談を受けたり、関係機関の調整をして、お手伝いしている、何かしらの問題解決が図れるように援助している者です。
私の専門、大学院の時に医療ソーシャルワークの研究をして、修士を取って、今、現場に出て8年ぐらいになります。
清水さんからお話をいただいた時に、どんなことを皆さんと一緒に考えていけるかなと思ったんですけれども、ピアサポートとか、セルフヘルプグループに関心を持たれている方、何か自分でもやってみたいと思っている方が悩まれていることって、私の経験では共通点があって、関わりたいんだけどどこまで関わるかとか、あと自分のスキルに自信が持てないところをどこまでカバーするかとか、その辺で結構悩んでらっしゃる方が多いんじゃないかなと思います。この講座が少しでも皆さんの抱えてる課題の解決のヒントに、お役に立てれば幸いです。
1.セルフヘルプグループとは
強み(strength)を活かす
最初に、セルフヘルプグループがどういうものかお話しさせていただきたいと思います。
セルフヘルプグループの定義、役割は年々多様化しているように思います。セルフヘルプグループというのは、ピアの方だけの、ご本人だけのグループもありますし、専門職が入っているグループもあるんですが、日本国内で有名なグループ、最初はアルコール依存症のグループ、「お酒を飲むのを止めるのには…」というところから始まったんです。
アルコール依存症は、断酒できないと死んじゃうと一般的には言われています。で、医者も止めろ、看護師も止めろ、家族も止めろって言う。でも、そういった人がいても止められない人を、じゃあみんなピアで集まって、やめる方法を一緒に考えましょうっていうのが、グループが主でした。ただ、今そのアルコールの世界でも実際、変わってきていて、飲むのを止めようというよりは飲まないようにするために自分が何ができるかなとか、これまでどんなことをやってきたかなとか、そういうふうに、どちらかというとその人の駄目なところではなくて、弱みではなくて強み(strength)を話していこうっていう流れに変わってきていると思います。不安に抱えていることとか、そういった様々な問題を今までどう解決してきたか、これからどう解決していこうかっていうことを話していくっていう場に変わってきています。セルフヘルプグループの定義とか、役割も、そのグループのあり方によっても、考え方によっても全く違います。ただ、昔のようにそういった問題とか問題の原因となることを追求するっていうことだけに限ってはいないという状況があると思います。
「自分を話せる」というピアの強み
皆さんがピアの立場でセルフヘルプグループに関わる時に、一番の強みは何かって言うと「自分を話せる」ということです。自分を話す、自分の体験を語るということは、これはもう、もちろんソーシャルワーカーにもできませんし、カウンセラーにもできないことです。関係を作っていく時の距離感の違いですよね。そこにいるだけでいいとか、不安な時に話を聞いてくれて安心だという、そういう近さっていうのがあると思います。
実際に活動をする、もしくは皆さんが今日ここにいるというのはこういうことだと私は思っています。「自分が今ここでピアの活動をされているということは、いろいろな辛いことだとか大変なこととか危機があって、でもそれも何とか乗り越えてこられたからここにいる」と。何とか乗り越えてきたという今までの体験に根ざした強みがある。まあ、強さの種類って人によって違うと思うんですけど、その人なりの強さを持って乗り越えて、ここに来られているんだと思うんですね。そうした、自分がどういうふうに乗り越えてきたかという強さを、自分の言葉で、自分の体験で語ることができる、それが一番の強みだと思います。
自分の体験が絶対ではないし、分からないこともある
でも、自分の体験を語ったり、自分の乗り越え方を話すのは強みですが、やっぱりそれは「その人なり」の強みなんですよね。だから、自分の乗り越え方が全てだっていうような話し方をすると、ちょっとそれが違ってきてしまう場合もあると思います。だから、私の場合はこうだったけどねとか、何とかさんの場合はこうだったのよねっていうように、やっぱりそれが絶対じゃないっていう関わり方っていうのが必要になってくると思います。
あと、ピア同士でも分かることと分からないことがあります。分からなかったら分からなくてもいいと思うし、実際分からないことは多いと思います。だけど、分かる努力をするっていうのは、全然話を聞いていないのとは違いますよね。やっぱり、分かろうとするっていう姿勢、それは言葉だったり目線だったり、体の動きだったり、一緒に活動していくことだったり、いろいろあると思いますが、そういう誠意を持てるかどうかというところがあると思います。
分からなかったら分からないとか、自分にはちょっと重いっていうことも、言ってもいいと思うんですね。ただそれも伝え方です。分かろうとしているんだけど、ここが分からないからもうちょっと教えてとか、悩んでいるのは分かるんだけれども自分としてはちょっと責任持つのが怖いなとか、あなたのためを思うとねって、自分の限界を言うことも大事ですね。それは誠意だと思います。
無理をしないでその場にいるっていうことがセルフヘルプグループでは大事だと思います。
頑張り過ぎないように
ピアの方にはピアの方にしかない強みがあるんですけれども、私が関わっていて一番大変だなって思うのは、どうしても一生懸命になり過ぎちゃう。そういう方が多いかなと思います。それはやっぱり、今この場で私は当事者だから、当事者のままで問いかけをしなきゃいけないんだとか、当事者ならではのアドバイスをしなきゃいけないんだとか、そういうことがあるんですよね。
以前、新人ソーシャルワーカーの研修で担当した「グループワーク」の経験では、参加していたあるグループワーカーがすごい疲れちゃったんですね。1時間半のセッションで。それはどうしてかっていうと、やっぱり、グループから聞かれたことに対して全部、質問に対して答えなきゃいけないんだ、解決の道しるべを持っていかなきゃいけないんだっていうことで、かなり疲れてしまう。あるいは自分がアドバイスした通りにことが運ばないと、あ〜って悩んじゃったり、社会的に見て解決が難しいなって思う問題に自分がどういうふうに背中を押してあげたら良くなるんだろうって、自分に責任を感じてしまう。そういう例が結構あります。だから、私たちソーシャルワーカーは、やっぱり頑張り過ぎないように、自然にっていうところがあると思うんですね。この点についてはピアの方、ソーシャルワーカーも同じだと考えます。
分からないことは個別の相談に繋げる、専門家に繋げるってこともあると思います。自分では難しいと思ったら、医療だとか看護だとか福祉だとかいろいろな専門家に繋げるっていうところが大事かなとは思いますね。
問題を解決していくプロセスを支援
セルフヘルプグループの場というのは、そこから何を持って帰るかっていうのは、その人のグループへの関わり方次第だと思います。そこで起こったこと、お土産を持って帰るのはそのメンバーさんなんですよね。10人いたら10人がお土産を持って帰る。お土産の持ち帰り方も違うし、10持って帰る人もいれば、5を持って帰る人もいると思うし、あるいは1.5ぐらいの人がいるかもしれない。どこに視点を向けるかっていうのも違うと思います。だから、メンバーの力を私は信じていいと思うんですね。その場で問題の解決を図ることを目的とするのではなくて、問題を解決していくプロセスを支援していくというふうに考えていただいたらいいのかなと思います。たとえば自分が悩んでいることをほかのメンバーはどう悩んでいるのかなとか、どう解決しようとしているのかなとか、どう解決できたのかとか。それが問題を整理する材料になる。
身体障害者手帳を取るのもそうですよね。自治体によって組織も対応も全然違いますし、病院でどういうシステムで手続きをしているのかっていうのもかなり違います。医師とのコミュニケーションの場合もそうです。診療科によって先生が時間をかけて診ているところもあれば、あまり診療時間をかけられないところもありますし。医療的なことで行き詰まった時、自分は医師とどうコミュニケーションを取ったとか取らなかったとか、自分以外の人がどういうふうに問題を解決してきたのか、これから解決していこうとしているのかっていうことを、自分なりに持ち帰って、そこから問題を整理していく、というプロセスを進んでいく。それがセルフヘルプグループの一番の目的なのかなというふうに考えています。
そのプロセスの中で、ピアの方の強みとして、自分の乗り越え方というのを話していただくことが大きな意味を持ってきます。
2.コミュニケーションを取っていくこと
言葉の影響は7%に過ぎない
ここからは人と人とが関わること、コミュニケーションを取っていくことに話題をシフトしていきたいと思います。
まずは「人との出会い」です。たとえば初めて会った人とはお互いに目で見たり耳で聞いたり、影響しあうところが大きいと思います。相手に与える影響というのは、アメリカのある臨床研究によるとボディランゲージが55%。言葉じゃないその人の姿勢だとか目線、顔の表情、呼吸、そういったものが55%。声の調子、声の高さ、低さとか、トーン、落ち着き加減が38%。そして言葉は7%。実は言語っていうのは7%しかないっていうんですね。
何が言いたいのかというと、対面で、信頼関係を作っていく上で、大事なのは言葉よりも、その周りのものが大きいということです。身振り手振りだったり声の調子だったり、あと置かれた部屋の環境ですよね。そこが静かな環境なのか、それとも人がバーッといるところなのか。そこに気をつけていかなきゃいけないなというのがありますね。
だから、私がソーシャルワーカーになりたての人に一番最初にやってもらうことは、知識とか制度を憶えてもらうとかそういうことではなくて、まず、人と一人前に話をできるかどうかっていうところなんです。まずコミュニケーションをきちんと取って、信頼関係を持つことができるか、というところから入っていきます。
ラポールの形成と維持
ソーシャルワーカーが行っている相談援助をソーシャルワークというのですが、これにはエンゲージメント(契約)、アセスメント(課題評価)、プランニング(計画)、介入、評価、終結といった流れがあります。進んだり戻ったりということもあるのですが、最初に、クライエントに会った時に援助していく、お手伝いをしていくってことを契約して、面接をしていく中でその方にとって有効な問題解決方法を評価して、どういうお手伝いをすればいいかっていう計画を立てて、実際にお手伝い、介入をして、その結果を評価して、終結するっていう流れです。今日はとてもすべてをお話しすることはできないのですけれど、この全ての段階で信頼関係を持つことが前提とされます。このことを「ラポールの形成と維持」と言います。まず最初はエンゲージメント(契約)だ、アセスメント(課題評価)だとか思ってクライエントを迎えても、ラポールの形成、信頼関係が成り立っていかないと、きちんとその患者さんだとか、相談に来た方に添って支援をしていくのは難しいのです。
ミラーリング(姿勢反響)
ラポールを形成していくには学ぶことのできるスキルがあります。その一つが「ミラーリング」、姿勢反響というものです。これもアメリカの研究なんですが、本当に信頼関係ができて打ち解けてくると、同じ姿勢になっていく、同じ動作をするようになる、そういう傾向があるんですね。たとえば、公園での恋人同士とか、スターバックスだとか、ファミレスだとか、いろいろなところで、話に夢中になっている親子とか友達同士で、自然と同じ姿勢をしているっていう場面って見かけたことありませんか? なんか自然とそうなるんですよね。逆に、ファミレスの隣の席で、どんな話をしているのかは分からないけど、この人はシラけてるなというのが分かってしまうこともありますよね。友達が話してるところに居合わせた時に「何、立ってるんだよ、お前もここに座れよ」なんて言われて一緒に座ることでくつろげたりとか、同じような姿勢、動作をすることには意味があるんですね。ですので、心理学とかソーシャルワークの世界では相談をはじめる時に、わざとらしくじゃなく自然に、でも意識的に、体の向きや表情とかを相手に合わせたりします。
医師はどうかということですが、一般的には医学のカリキュラムにコミュニケーションとか社会福祉は入っていません。ただ最近は、ここ10年ぐらいですかね、結構入れるところも増えてはきています。[ご参考:人はどうやって医者になるのか「大学では何を学んでいるの?」LAPニュースレター13号]大学の授業ではなくても、医学部の時に大学病院のカウンセリングルームに研修に行ったりとかっていうのは結構あります。今、病院も患者サービスの質を問われる時代です。やっぱり、患者さんにムッとしてたりしたら、それでクレームがつく時代なんです。だから挨拶だとか、目を見て話すとか、コミュニケーションスキルのトレーニングを受ける医療職種も増えてきています。
もちろん、ミラーリングとは逆のスキルの教育も受けます。たとえばガンを告知する時に、相手がすごく感情的になったりとかしても自分は冷静でいる、というスキルもあります。医師は患者さんをたくさん診ていて、先生が患者さんに伝えることっていうのは、あまり良くないことの方が多いですからね。そうならざるを得ないというところがあります。
ただ、ピアっていう立場とか、ソーシャルワークの面接とかっていうことで言えば、もうちょっと肩の力を抜いて、正直になってもいいのかなって思います。私なんかも「そんなこと言われても困るな」と思ったら、「え〜、そんなことおっしゃるんですか、それだとこちらも困りますよ」って言うこともあるし。分からなかったら、「そういうのは分からないですねぇ」って素直に出していいと思います。
イエス・セット
言語としてのスキルも一つご紹介したいと思います。言語で相手に寄り添うための「イエス・セット」というスキルです。話の本題に入る前の、今日はお話し伺ってもよろしいんですかとか、今日はどんなことをお話しすればいいですかっていう前のちょっとしたリズム付けというか、空気を和らげるための技法です。初めての人と出会うには、ちょっと準備をしていたほうがより信頼関係はできやすいかなと思うんですね。
どういうものかと言いますと、「何とかですよね」「はい」、「何とかですよね」「はい」っていうのを繰り返します。本題に入る前に、はい、はい、はい、って言ってもらえるような、そういう会話を付けると、関係が近くなるかな、というのが、このイエス・セットです。質問は何でもいいんです。「11月になりましたね」とか、「今日はいい天気ですね」という天気でもいいし、「青い服を着られてますね」とか着ているものでもいいし。質問に対する答えが、深く考えたり、迷ったり、判断すること以外にして欲しいのです。
私の経験ではセルフヘルプグループでも、新しいメンバー来た時に「誰々さんの紹介ですよね」とか、「遠かったですよね」とかっていうように使って、それで少し馴染んでもらったりもします。本題に入る前に、ぎこちないところを少し緩めるために、相手の心に添って、話をしはじめる準備時間を、30秒もかからないぐらいでいいので作って、それから本題に入っていくのが望ましいと思います。
共感の準備、心のストレッチング
共感っていう言葉を聞いたことある人どれくらいいらっしゃいます? 共感ってどんなイメージがあります? 相手の気持ちになって感じること、相手の立場に立って考えること、そんなイメージでしょうか。
ソーシャルワークでもカウンセリングでも、クライエントに寄り添うことが大事とか、共感が大事だとか言われていますが、それってそんなに簡単にできるのかって思ったりしませんか? 私も何年も今の仕事をやっていて、やっぱり難しいなって感じるんですよね。そこで、今日は「クライエントに会う前にできる共感の準備、心のストレッチング」というものを学んでみたいと思います。
この「共感の準備」というのは、カレル・ジャーメインというエコロジカルソーシャルワークを専門としている有名なアメリカの人が考えたものなんです。ジャーメインは、相手に想いを寄せていくための、つまり共感できる心の土壌を豊かに柔軟にするためのストレッチを四つあげています。「同一化」「取り込み」「振り返り」「距離を取る」という四つのストレッチがあって、これを練習することが共感の準備作業になります。
1.同一化(Identification)
一つめが「同一化」です。これは相手の立場になってみること。つまり、クライアントの目から周りがどう見えているか、身体の状況からどんなことが伝わってくるかなどを想像してみることです。役になりきるんですね。たとえばA相談員がBさんから相談を受けているとします。「同一化」ではA相談員がBさんの身体に乗り移って、Bさんの目から見たら何が見えるのか、どんな物音が聞こえるのか、Bさんの身体を通して感じられることは何か、そういったことを想像します。
Bさんが私の病院の患者さんだったら、患者さんが病室で何が見えているのか、障害を持って動けなくなった患者さんはどういうことが心配なのか、想いをめぐらしていく。患者さんの生きている世界というものに想像をめぐらしてみるというのが「同一化」です。
2.取り込み(Incorporation)
その次は「取り込み」。これはクライエントの立場に起きていることが、ワーカー自身に降ってきたとしたらどういう気持ちになったり、どんなことを考えたりするだろうと想像してみることです。自分にも同じことが起こったら、どんな行動に出たり、あるいは出なかったりするだろうか、どんなことに気を付けて欲しいと思うだろうか、と想像してみる作業です。
3.振り返り(Reverberation)
3番目は「振り返り」。クライアントの立場に起きていることに一番近い共通に思えることで、自分自身のこれまれでの人生に起きた出来事を思い出してみることです。その時の自分がどんな気持ちだったのか、どんなことを考えていたか、何が助けになったか、どんなことが嬉しかったか、記憶の糸をたぐっていくことです。
4.距離を取る(Detachment)
最後の「距離を取る」は、今の情景から一歩距離を置いて、離れて見ることです。今の状況を少し離れたところから見る自分がいるとして、そこから何が見えるか。劇を見るように遠くから見たら、どんなことに気づくだろうかというのが「距離を取る」です。
その人の立場に立って選択肢を考える
以前、私が担当したケースを一つあげてみたいと思います。90歳近い、高齢の女性のケースです。その方は繁華街の裏手の本当に古い、階段も急なアパートで一人暮らしをしていました。その方は身体の具合が悪くなって入院されたんですが、少し認知症が入っていたんですね。その場その場の会話は成立しますが、いつから入院してるとか、アパートにどうやって帰ればいいのかとか、火の元だとか、そういうことが少しずつあやしくて。1人で生活するのは危険じゃないか、と医師も言うし、看護師も言うし、区のケースワーカーさんも、地域の介護のケアマネージャーも無理だと言うんですよ。一方で、本人はもとの生活に戻ることが当たり前のように思っているんですよね。でも、帰ったらこの人がご飯を1人で用意できるのかとか、こんな急な階段を上れるのかとか、やっぱり火の元が危ないからということで、もう医師も看護師も心理のスタッフも親族も反対しているんです。
そこで、ソーシャルワーカーもご本人に、「○○さん、もうお家に帰るの無理だよ」と言う立場なのかどうかっていうことなんです。当然、ソーシャルワーカーの立場からすればそうじゃないんですよね。
私はここで、「共感の準備」でこう想像してみたんですよね。まずは「同一化」で、その人の立場になってみると、耳から聞こえるのは商店街のなじみの八百屋さんの掛け声だったり、時々食事を運んできてくれる近所の人の服装だったり、妙になついている野良犬の顔だとか、そういった生活の場面を思い浮かべてみたんですね。次に「取り込み」。私がどこか病院とかに収容されて、帰っちゃいけないって言われたらどう思うかなと想像したら、自分の部屋はすごく汚くて、見せられないものもたくさん埋もれているし、これはもう自分が帰れないとなったらすごくパニックになるだろうなと思ったわけです。で、「振り返り」で自分が一番病気をした時のこととか、何が辛かったのかなっていうことを思い浮かべてみたり。
そうすると、やっぱりこの人の立場に立つと、実際にリスクは大きいかもしれないけども、家に帰るという選択肢も考えていかなきゃいけないんじゃないかなという気持ちになってくるんですよね。みんなが危険だからこうしなきゃいけないと言ってるから、じゃあそうするために本人をどう説得をしようか考えるということではなくて、その人の立場に立って考えてみる。その人の気持ちを考えてみると、その人にも味方がいないと、ストレスなのかなって思うんですよね。
新人のソーシャルワーカーさんには、患者さんと面接する前に、「共感の準備」の四つのストレッチを使うように指導します。自分たちの共感の準備としては、やっぱり相手の生きてきた世界に自分が飛び込んでみること。相手の目線に立って何が見えるのか、何が聞こえるのか、何が匂うのか、何が悲しいのかっていったことに想いをめぐらせること。また、そういった境遇に自分が置かれてみたら自分が嫌なのか、心地良いのか、そういうところを考えていて欲しいですね。それがその人の立場に立つ第一歩であると考えています。
3.質問の型を援用する
会話していくことで解決をする
ピアサポートに関心を持って自分で何かしたいと思った時に、相手にどこまで関わったらいいか、自分のスキルに自信が持てない、そういったことを悩んでいる方が、私の経験では多く感じます。不安といった問題とかが出てきた時にどういうふうに対応したらいいのか、どこまで喋っていいのか、医療的な話が出てきたときにどう対処していけばいいか、挙げていけばきりがないと思うんですけど、それは、会話していくことで解決に役立てる時があります。その技法について具体的にお話ししたいと思います。
ソーシャルワーカーなどの研修会で使っている「ソリューション・フォーカスト・アプローチの質問の型をソーシャルワーク面接に援用する」という方法を一部、ご紹介したいと思います。これは佐原まち子先生、菱川愛先生がとまめられたもので、いろいろ参考にしていただけたらなと思います。
「医学モデル」と「解決の共同構築モデル」
社会福祉やソーシャルワークの世界で言う面接の考え方は、「医学モデル」とは異なる「解決の共同構築モデル」に基づいたものなんです。なんのことやら分からないですよね?
医学モデルも変わりつつありますけども、今までの医学モデルっていうのは、問題の原因を突きとめて、その問題を解決する処方をして、改善していくという流れです。お医者さんの診察をイメージしてもらうと分かりやすいと思いますが、まずこの症状は○○ですねと診断をして、こういう薬を飲んでくださいねっていう流れです。これは原因があって、それが直線的に問題を起こしているという考え方で、問題の原因さえ解明されれば問題を解決したりコントロールできるし、逆に言うと、原因が分からないと解決には至らない、これが医学モデルの考え方です。過去に焦点を当てて、原因の特定に関心を持っているのが特徴です。
一方、ソーシャルワーク面接では未来を志向して、そういった今の問題をどういうふうに乗り越えていったらいいのか、その人の望む暮らしが具体的にどんなものなのかなってことに着目したいと思うんですね。解決の手だてにはクライエントのもつ強み、可能性、そしてクライエントがこれまでの人生で積み上げてきた「その人なりの変化の理論」を使います。その人の持っている力に着目して、原因が分からなくても、何が変化に役立つかを考えることはできるという立場です。
さっき、問題だとか不安だとかが出てきちゃったらどうしたらいいかって話がありましたけど、そういう時は、これまでこの問題をどういうふうに乗り越えてきたのか、これから乗り越えていくのかっていうふうな考えにシフトしてほしいんですね。
「大変だから今、この場にいるんだよ」って思われるかもしれないんですけども、その人が今、目の前にいるっていうことは、その人は今まで生きてこられたわけですよね。生き抜いて来た。そうすると、今回起こった病気がHIVっていう病気かもしれないけど、今までクライエントの人生で、たとえば違う病気になった時にどういうふうに対処してきたのかなとか、病気じゃなくても、たとえば家族の一大事とか自分の人生の一大事をどういうふうに乗り越えてきたのかなっていうこと、そこに関心を持って聞いていくと、結構その人の独自の、乗り越えてきたやり方って出てくる場合が多いんですよね。
解決した時の状態に焦点を合わせる
この人は今まで、どんなふうにそういった大きな問題を乗り越えてきたのかなとか、そういったことに焦点を合わせてみると、その人にはその人の強みがあって、今の問題にも対処していける可能性があるということが見えてきます。じゃあそれを引き出していけばいい、というのがこのソリューション・フォーカスト・アプローチの考え方です。ソリューションというのは解決という意味ですが、解決した時の状態に焦点を合わせて関わっていくという、心理療法の一つの技法です。
その人の強みとか力に着目して欲しいなっていうのが、今日、私の伝えたいことの一つなんですが、それを引き出していくための「質問の型」についてお話ししたいと思います。
1.面接の前提
まず、面接に行く前につぶやいていく「面接の前提」というのがあります。「クライエントは既に十分な努力をしてきているという前提」「クライエントは、その人の『問題』の専門家であるという前提」という二つです。
クライエントは今ここに、生きていられるわけだから、今までの人生、何か困ったこととか、大きな危機だとかをなんとか乗り越えてやってきたんですね。今、この人は泣き出しそうでも、問題をいっぱい抱えていても、だからといって、その人が決して弱いのではなく、その人はもともと強みを持っている人なんだけれども、何かしら歯車が噛み合わなくて、ここにいらっしゃるんだな、というふうに私は常に考えています。そこに着目して欲しいんですね。
2.アウトカム・クエスチョン
質問の型の一つにアウトカム・クエスチョンというのがあります。これは、「今日のこの時間でどんなことがあれば、クライエントのお役に立てるか」目指す結果を尋ねる質問、面接の目的を明確にするための質問です。たとえば、30分なら30分、10分だったら10分、私とどんな話をしたら気持ちが晴れる? どんなことがここで30分の間に起こったら安心できる? と聞くこと。グループだったら、この1時間、どういうことをグループでやったら、どういう話題を取り上げたら、あなたにとって良かったと思いますか? ってことを聞くのがこの質問です。
ピアカウンセラーとかソーシャルワーカーが、今日はこの話をしたほうがいいんじゃないかな、いや、あの話の方がもっと安心するかなって迷う前に、「来ている人に聞いてください」っていうのがこの考え方です。
3.コーピング&サバイバル・クェスチョン
この質問は、クライエントが「問題」の解決のためにどんな努力をしてきたのか(コーピング)、どうやってそこに踏みとどまり、今日一日を生き抜くことができているのか(サバイバル)、ということを教わるためのものです。
たとえば「これまでどんなことを試されました?」、「本当に大変な中で、どうやって今日も一日をやっていくことができているんですか?」って聞いたりとか。病気だとか孤独感とか家族の関係とか、何かが崩れたときに、これまでにその人がどういうふうに向き合ってきたのかなっていうことを、クライエントから教わったりします。
心の不安とか内面の気持ちとかが出てきた時に、どこまで対応できるかっていう話がありますけど、ドツボにはまってしまうと、抜けきれなくなって自分も「ア〜」、向こうも「ア〜」ってなってしまったりして、それでいいっていうこともまぁ、ありますが、ただ、そこで自分が判断するのではなく、相手に聞いてみる。今まではどうやってきたのかなとか、これからどうしていきたいのかなっていうことを聞き返すといいかもしれないですよね。
冒頭で、セルフヘルプグループはその場で問題を解決するのではなく、問題を解決するプロセスを支援していくとお話ししましたけど、これはすごく大事だと思うんですよね。そのためにも、私はクライエントに、今までどんなふうにしてきたかっていうことを聞いたりします。それはいい悪いを判断するためではなくて、この人にあった解決の方法とか問題の対処の仕方を知るためなのです。
4.例外を尋ねる質問
もう一つは例外を尋ねる質問です。私たちが抱えている問題っていうのは、24時間365日、いつでも同じように存在しているんじゃなくて、変化していると考えます。たとえば不安だったら、「四六時中不安なの?」って聞いて、「じゃあ不安じゃなかった時ってどんな時?」って聞いたりとか。夜眠れない、不眠だという人に、「じゃあ1週間のうち眠れた日ってある?」「その時はどんな時?」って聞いて、その人の、問題、問題、問題でいっぱいになっている頭を、ちょっと逸らす。
たとえば肺がんの末期の方が、呼吸器とかがすごい苦しいと言っている。で、「苦しいって言ったけど、少しでも苦しくない時ってない?」って聞いたら、「そういえば、枕を三段重ねて、動かないで横たわったのが一番楽だ」と。それはクライエントから教わった解決の仕方だと思います。
例外を尋ねる質問も、その人の困っていることとか問題に対して、ピアの人とかソーシャルワーカーが、こうだよ、あーだよって言うんじゃなくて、ご本人から、その解決像とか問題を解く生き方を教わる質問です。
5.リレーションシップ・クエスチョン
リレーションシップ・クエスチョンというのは、この場にはいない人物を登場させる質問です。たとえば親のことで悩んでいたりとか、相手に言えないっていうときに、「その人がもしここにいたら何と言うと思う?」といったように聞いてみるんです。そうすると「どういうふうに考えるかな〜」と話が展開していくことが多いです。
助言をするのではなく一緒に考えていく
いくつか質問の型をご紹介しましたが、実際に使ってクライエントにとって便利か? については皆さんの経験の中で吟味してもらえればと思います。うまく使ったら、その人の話したいことは何っていうのが聞けますし、問題に対してその人がどういうふうに向き合ってきたのかなとか、対処してきたのかなっていうことを聞くのに役立てるかと思います。
たとえば、医療的な話が出た時にどう対応するかっていうことがありますけれども、「それについて、今までどんなことを先生に聞いてきました?」とか、「今後、どういうふうに先生と付き合っていきたいと思うんですか?」とか、医療的な助言をするのではなくて、その人の医療的な問題に対しての乗り越え方を聞くのもありですよね。そうすると、医療的な問題に対してその人がどう向き合ってきたのか、これからどうしていきたいのかっていうことを聞けて、じゃあそれにどう向かっていけばいいのかなって一緒に考えていくことができるのではないかと思います。
4.自分自身を大切にしながら
今日の話のまとめになりますが、私は皆さんに、自分自身を大切にしていただきたいと思います。自分があって、相手があるはずだし、やはり、自分が抱えきれる限界っていうのはあって、それを超えたら、「ちょっと申し訳ないけど」って言えるところは持っていていいと思います。自分の持っている限界、それは今日と明日は違うかもしれないし、その時によって違うのは当たり前だと思うんです。
自分を大切にしながら、あなたの大変なことはどういうことでしょうかっていうことをちょっと聞いていけたらいいのかなと思います。それは言語だけじゃないですよ、身振りとか手振りとかいろいろありましたけど、相手に添って、聞き役になって欲しいのかなとか居場所を作って欲しいのかな、何かぶちまけたいことがあるのかな、したいことがあるのかなって、耳を傾けて。その中で、自分はこうだったんだけどとか、こんなふうに乗り越えてきたよとか、「自分を話せる」というピアとしての強みを活かして、あなたはどういうふうに乗り越えてきたの? どういうことを聞きたい? といった質問を投げかけて、これからの解決のイメージを一緒に作っていく。良し悪しをジャッジしたり、その場で解決するのではなくて、その場からみんながそれぞれお土産を持って帰っていく。お土産をどういうふうに役立てていくかっていうのは、その人その人で違っていていいんですね。
この講座が少しでも皆さんの抱えてる課題の解決のヒントになればいいかなと、お話しさせていただきましたが、少しでもお役に立てれば幸いです。本日はこのような機会をいただき、ありがとうございました。
参考文献・資料
- 佐藤まち子、菱川愛「ソリューション・フォーカスト・アプローチの質問の型をソーシャルワーク面接に援用する」日本医療社会事業協会 2001年度 医療ソーシャルワーカー研修会資料
- 菱川愛 東京都医療社会事業協会 2006年度 新人研修資料
- 露木信介・鉾丸俊一(2006)「病院と地域の連携について」『医療と福祉』No.79 社団法人日本医療社会事業協会 21-25
- 仲村優一『ケースワーク教室』有斐閣 1980年
- Carel B.Germain and Alex Gitterman 菱川愛私訳(1996)「Anticipatory Empathy クライエントに会う前にできる共感の準備、心のストレッチング」The Life Model of Social Work Practice 2nd Ed.
- ジョセフ・オコナー、ジョン・セイモア 橋本敦生訳(1994)「NLPのすすめ 優れた生き方へ道を開く新しい心理学」『チーム医療』
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