45%の人が職場で一緒に働くのは好ましくないと回答
総務省が2000年に行った世論調査なんですが、「『エイズ患者やエイズの原因となるウイルスの感染者に対する社会的偏見や差別があってはならない』という見方に、あたなは同感しますか、それとも同感しませんか」という質問がありました。同感するが53.6%、どちらかといえば同感するが30.5%で、年齢が高くなるほど同感する人の割合が減ってくるという結果になっています。
次のグラフは「仮にあなたの職場でエイズ患者やエイズの原因となるウイルスの感染者が一緒に働くことについて、あたなはどう思いますか」という質問の回答結果なんですが、好ましいと答えた方が10.9%、どちらかといえば好ましいが28.7%で、合わせて40%ぐらいなんですね。好ましくない10.4%、どちらかといえば好ましくない34.9%、合わせて45%ぐらいいでした。どう思われます? 私は好ましくないと答えた方があまりにも多いなと思ったんですけども。年齢が高くなるにつれて好ましくないと答えた方が多くなる傾向がありました。
気分が悪くなる調査かもしれませんけれども、こういうことが世論調査で明らかになれば、これはやっぱり、もっと社会的な啓発が必要なんじゃないですかって訴えるための資料になると思うんですね。今は昔みたいに恐怖心とかみんな持ってないよとか、差別意識なんかないよって、エイズ対策に消極的な人もいるんじゃないかなと思うんですけども、じゃあ実際にどうなのって、本当に差別意識はないのって、こうやって世論調査の数値で示した時に、インパクトがあると思うんですね。きちんとしたサンプルを取ったちゃんとした調査じゃないと駄目なんですけども、こうした結果を見せることで、もっときちんと職場ないしは学校で啓発しなきゃいけないんじゃない? って訴えることができる。調査が対策を訴える道具になるんじゃないかなと思っています。
後でまたお話ししたいと思いますが、調査をする時に、ワーディングと言うんですが、どういう言葉遣いでたずねるかによって結果が違ってきます。だから調査票を作る時に、どういう言葉遣いをするかっていうのがとても重要です。そこはやっぱり慎重にやっていく必要があります。拒否反応が出てしまっても良くないですし、誰が見てもニュートラルに、中立的に聞いているなっていう調査の方が社会には訴えられる。調査研究の能力みたいなものをブラッシュアップして、磨いていく必要があるのかなって思います。
この世論調査は2000年のものなんですけども、定期的に、たとえば2005年、2010年と続けて聞いていくことによって、その変化を見るという使い方もできます。
世論調査報告概要 平成12年12月調査
「エイズに関する世論調査」
http://www8.cao.go.jp/survey/h12/h12-aids/
研究費はどこから出ているか
話を変えまして、HIV関連の研究費はどこから出ているか。私が知っている範囲のものなのでもっとあるかもしれませんが、大きいところでは厚生労働科学研究というのがあります。これは厚生労働省が持っている研究費です。病院のお医者さんとか研究者が多いんですけど、HIV関連の場合にはNGOの方も入っています。厚生労働科学研究の中では珍しいと思います。文部科学省研究というのもあるのですが、これは研究者中心です。厚生労働省は政策に活かしていかなきゃいけないというところもあるので、研究費といっても政策の実践といった意味合いも含まれているのかなと思います。
民間の助成研究として、トヨタとか三菱など大手の会社が行っているものもあります。患者団体が助成している場合もあります。製薬会社っていうのもあります。個人的には製薬会社から助成を受ける時にはやっぱり気を付けた方がいいかなとも思います。社会科学的なものはどうかわかりませんけど、薬の研究などではバイアスかかってんじゃないのとか都合のいい結果になってるじゃないのといった見られ方をされることもあります。
HIV関連研究のレビューの方法
研究のレビューをどうやるかっていう話なんですが、インターネットから取り出せるものも多いです。厚生労働科学研究はネットで一部公開しています。年度末に出る報告書は大きい図書館や医療系の大学とかに行けばあると思います。文部科学省研究もネット検索ができます。
論文についてですが、日本語の論文だったら医学中央雑誌という検索エンジンがあります。海外だったらPubmedやMEDLINEがあります。無料でアクセスできるのはPub medです。MEDLINEは医学部の図書館などで使えます。私がいる埼玉県立大学では県民だったら誰でも使える形でオープンにしています。市民の人が地域の大学の図書館を使えるようにしている大学も増えてきていると思います。
インターネットに載っていない報告書は発行元の研究者に問い合わせるという方法もあります。一般に公開していないものも医学部図書館などに置いてあることもあります。
厚生労働科学研究成果データベース
http://mhlw-grants.niph.go.jp/
科学研究費補助金データベース
http://seika.nii.ac.jp/
医学中央雑誌
http://www.jamas.gr.jp/
Pubmed
http://www.pubmed.gov/
HIV感染症の医療体制の整備に関する研究
厚生労働科学研究の一つとして「HIV感染症の医療体制の整備に関する研究」でどんなことをやっているかをスライドにしました。2004年度のものですが、ACCとエイズブロック拠点病院のあり方に関する研究ですとか、歯科医療、療養継続への支援システム、カウンセリング体制の充実強化、地域生活支援におけるソーシャルワークといった研究がされています。
HIV感染症の医療体制の整備に関する研究 平成16年度報告書
http://www.acc.go.jp/kenkyu/hiyorimi/hiyo_menu4.htm
専門職が選ぶテーマと、HIV陽性者が選ぶテーマ
以前と比べて、どんな研究がされているかを検索することは楽になりました。一方で、何が難しいって、どんなテーマで検索するか、何をテーマにして研究するかなんですね。自分にとって知りたいテーマとは何か、私が大切だと思うテーマは何か、取り組みたいテーマは何かっていうところをじっくり考えるっていうところが難しいと思います。
専門職が選ぶテーマと、HIV陽性者が選ぶテーマにはギャップがあります。専門職が選ぶテーマで多いのは「ニーズ調査」と「サービス評価」です。ニーズ調査というのは陽性者には何が必要かというようなことを調べる調査です。場合によっては専門職から見た、あなたたち陽性者にはこれは必要なのよっていう視点だったりすることもあるんですが。サービス評価というのは自分たちの提供している医療サービスとか福祉サービスがどれくらい効果があるかっていう評価をすることです。
それから、専門職の研究ってやっぱり流行もあるんだなと思いながら今年のエイズ学会を私は見ていました。たとえば今年は在宅療養とか高齢化に関するものが急に増えていますね。世の中で高齢化の問題が大きくなっているとか、在宅の医療の問題が大きくなっている影響もあるのかなと思います。もちろんHIVの方でも当然そういう問題が大きくなっているので、視点を当てることは大切だと思います。
専門職が選ぶテーマと陽性者が選ぶテーマを具体的に少し、学会の抄録から拾ってみました。分かる範囲でこれは専門職の人だなっていうのと、陽性者ないしはNGO関係の人がやってる発表かなっていうので拾いました。
専門職の側では、HIV陽性者の高齢化問題、HIV患者の在宅療養の課題、妊婦HIV検査陽性への対応の問題点といったように、問題とか課題、支援っていう視点が多いのかなと思います。陽性者やNGO関連の方が発表されているテーマは、たとえばセルフマネジメントの可能性。セルフマネジメントっていうのは新しく最近でてきた自分で自分の病気を管理するという視点です。それから、ピア・サポートの取り組み、HIV陽性者スピーカーの育成、わたしたちの妊娠・出産・育児治療の長期化とHIV陽性者の性行動理解。テーマを並べただけで、やっぱり視点が違うなっていう感じがします。こういう視点が入っていっているのはすごく意味があると思います。
陽性者の性行動に関連する発表
性行動に関する話もしてくださいって主催者から言われてまして、私は詳しくないんですが、今年の学会で何が出ていたかをスライドにまとめてみました。
「HIV感染者のセクシュアルヘルス支援のための介入プログラム実施後の評価検討」、これは井上洋士さん、村上未知子さんたちがされているものなんですけども、セクシュアルヘルス支援のためのパンフレットを医療従事者向けと患者向けに作って、拠点病院に配るという介入プログラムを実施して、その評価検討をしているんですね。これはHIV陽性者の人のセックスライフを考えるという視点からの研究だと思います。
もう一つは「薬害HIV感染被害者(生存患者および家族)への質問調査」です。2006年10月に「薬害HIV感染患者とその家族への質問紙調査報告書〜薬害HIV感染被害を受けた患者とその家族のいま〜」という報告書もでたのですが、この中に性のことについても聞いている項目があります。回答者の45.5%が現在配偶者やパートナー、恋人がいると回答しているんですが、23%が今まで一度もいたことがないと答えています。20代に限ると33.3%が今まで一度もいたことがないと答えています。HIV感染が原因の恋愛や結婚における困難な経験として「HIV感染が理由で恋愛関係に踏み切れなかった」、「相手にHIV感染をいつどのように伝えるか悩んだ」などが挙げられています。
配偶者がいない人に、恋愛や結婚を望んでいますかと聞いたところ、恋愛も結婚も望まないと答えてる方が23%、今まで一度もいたことがない人では35.6%という数字が出ています。HIV感染が原因の恋愛や結婚における困難な経験としては、相手に感染をいつどのように伝えるか悩んだ経験がある人が47.1%、HIV感染が理由で恋愛関係に踏み切れなかった経験がある人が23.3%です。
この調査の対象は薬害被害者の方ですが、HIVに感染することによって恋愛や結婚、性について大きな影響を受けていることが浮き彫りになっています。なかなか聞きづらいテーマなんですけど、この調査は研究者と当事者と一緒に作っているんですね。だからこそ可能だったと思います。調査項目もそうとう練って、当事者の人からこれじゃ聞かれたくないとか、こんな言い方されたくないとかっていう意見を交えて作り上げた調査なんですね。
この調査の視点は、性行動や恋愛は陽性者の生活や人生の質(QOL)にとても大切な要素だということ、そして、結婚や子どもを持つことは人生設計とか生活設計に関わる、人間が生きる上でとても大切なことなので、それがHIV感染によってどう影響を受けているかを知りたい、という視点なんですね。一方、陽性者の人でコンドームなしでセックスしている方がいるとか、うつるはずのない感染症をもらってくる人がいるとか、そういう人が少なからずいるんだから、陽性者の性感染症予防にもっと取り組まなきゃいけないという意見も専門家にはあるでしょう。
性生活の支援を考えた時に、何のためにそれを聞くのかっていうのが立場によって違うんですよね。性行動の調査、性生活の支援はとても難しいテーマでもあるので、いろいろな立場の人がよく議論していくのが大事なのかなと思います。性生活の支援といったときに、誰が何を支援するのか、それこそ何のための支援なのか。感染予防のため、もちろんそれも大切ですけども、人生の質、人生設計という視点が非常に大切なんだっていうことを、違う立場の人にきちんと理解してもらっていくというのもすごく大切なところだと思います。